敬虔なるもの

「僕が知る限り、父さんはこの世で最も信心深い人間だ。人類の可能性をどこまでも信じてた」


【静岡県 墓苑】


入道雲が、立ち上っていた。

かつては草も生えぬ有様だった霊園は今では大きく成長した雑木に囲まれ、既に数世代を経たセミの鳴き声に包まれて、それでも静謐な空間を保っていた。

戦後様式の四角いステンレスのプレートが埋め込まれた墓碑の前で、今年もぽつぽつと家族の墓参りが見られる。盆だった。

「ここ数年でだいぶ涼しくなった」

「平均気温が何度も下がったものね」

刀弥の言に、はるなは頷いた。

菓子を並べる。花を供える。線香を立てる。そして、缶ビール。

「飲み過ぎたら駄目だよっていつも言ったのになあ」

「仕方ないよ。ずっと、無理してた。今から思えば」

「飲まなきゃやってられなかったんだろうな……」

都築博士のことを思い返すふたり。あまりにも早すぎた父の死からもう、二十七年にもなる。

「時間は平等だ。かつてこの地は根こそぎ吹き飛ばされた。政府も再建を諦めて霊園にしたのに。今は違う。鳴いている蝉だって、この土地で何度も世代交代を経て来たはずだよ。草が生え、樹木が茂った。雑草抜きは大変だけどね」

「都築博士はどう思うかな……」

「多分笑ってるんだろうな。生命の輪廻はずっと続くんだぞ。って。個人の永遠は信じていなかったけど、種族の不死は信じてた。これからの二百万年も。その先も、ずっと。僕の知る限り、父さんはこの世で最も敬虔な人間だよ」

「思うに、お墓って死んだ人に関する記憶を強化するためにあるんだと思うな。放って置くと忘れちゃうけど、思い出すことはそれ自体が記憶にフィードバックを与える。それを定期的に繰り返せば死んだ人がいたっていう記憶は残る。それだけは。正確な記憶が残る保証はないけど」

「昔の人はよく考えてお墓を発明したんだろうなあ」

「そこまで考えてなかったかも。単に死んだ人をどこに埋めたかわかるモニュメントが最初だったのかもしれない。そのうち名前や業績を書き込んだり。今だと変わったことが書いてあったらSNSで広まっちゃうだろうけど」

今やネット墓参が可能な時代である。墓自体は物理的にどこかに存在するが、ネット上のアイコンに墓参りしたり、あるいはカメラ経由で墓を確認し、菩提寺で代わりに弔ってもらったり。

刀祢は体が健康である限り、墓参は続けるつもりだったが。

「そろそろ戻ろう。みんなも待ってる」

「うん」

ふたりは墓前から立ち上がると、来た道を戻っていった。




―――西暦二〇五〇年、盆。"冥府の女王"が蘇る七カ月前。はるなが"蛇の女王"と交戦する一年半前の出来事。

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