緑の新芽
「どれほどテクノロジーが進歩しようとも、人間が作る知性は人間の形をしているだろう。結局のところ、それが一番理解しやすいからだ」
【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ ゴールドマン宅】
テレビ画面の中で、新芽がうぞうぞと動き回っていた。
それはよく見ると人の形をしている。人間の赤ん坊ほどの大きさがあり、耳目を備え、口が開き、頭を髪の毛のように葉が覆い、四肢が揃っていた。
違う点もある。薄緑色で、骨格の構造は明らかに異なり、知性強化動物のように尻尾が生えている。
異形であった。しかしそれは知性強化動物ではない。より大きなカテゴリ。知性強化生物、と言う観点で言えば同種のものではあったが。
初の知性強化植物の赤ん坊が、映し出されているのだった。
「あんまり植物っぽくないね」
「実際、完全な植物じゃあないな。脳は持っていないが、全体としては動物の特徴もたくさん備えている。さもないと動けないからね」
「ふうん」
夕食の席でのことだった。
輸入品のローテーブルを挟んでクッションに座っているのはドロミテとゴールドマン。久しぶりにテレビを見ながら親子の晩餐である。
画面に映っていたのはスウェーデンにある知性強化生物研究所付属病棟の新生児室の様子。初の知性強化植物"ユグドラシル"の赤ん坊が公開されたのだった。
「生命と言うのはそれ自体が知的だ。物質や形は演算能力を備えるし、DNAは化学的なコンピュータの機能を持つ。植物は菌類との共生や分泌物と言った手段でコミュニケーションすら取る。ましてや知性の創発に関するメカニズムは解明されているからね。後は組み合わせ方次第だな」
「脳がないっていうことは、体全体でものを考えたり、記憶したりするの?」
「そのはずだ。そういう意味ではこいつは体全体が脳だな。まあ既存の知性強化動物とそんなに変わりはない。元々人間だって体全体を使ってものを考えている。その役割をより分散しただけだ」
「ふうん。じゃあどんな利点があるの?」
ドロミテは菜箸で土鍋から具をとりわけながら訊ねた。中身は街で仕入れた新鮮な魚のアラだったり、地元で採れた野菜だったり、輸入物の練り物だったりする。味付けは醤油と味噌と昆布。日本の鍋料理のアレンジである。というか土鍋自体が日本製だ。ゴールドマンはたまに気が向くと日本料理を作る。もっとも米の代わりに和風のパスタ料理があったりするが。
「脳が部分的に破壊されても大丈夫な場合があるように、この子たちはちょっとやそっとじゃ思考能力が破壊されない。しかも神格の治癒力ですぐ直る。いや、体が両断されても恐らく、既存の知性強化動物より耐えられるだろう。植物のダメージへの強さを拡張しているんだな」
「この子たちを作った人たちは、死ににくいように考えたんだね」
「その通り。他にも色々と利点はあるにしても」
「お父さんも、僕を死ににくいように作ってくれた」
「そうだな。そうすることが必要だと思ったんだ」
ゴールドマンは緑茶を一口。そうする間にも、ニュースは別の話題へと移っていった。
「ありがとう。お父さん」
「どういたしまして」
―――西暦二〇五〇年。知性強化動物が初めて対眷属戦に投入される二年前、知性強化植物が誕生した年の出来事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます