壊れない衛星

「これが、あなたの出した答えなのね」


【イタリア共和国 ナポリ湾】


沖合を、巨大な物体が航行していた。

異様な形状の船だった。全長三百メートル。ダークブルーの船体上面は滑らかで、かつ生物的な湾曲を備える。上面に装備されている連装砲はビームかレーザーか。ブリッジのあるべき位置に伸びているのはまるで昆虫の頭部。そして、艦体後部に折りたたまれている一対の巨大な翼。

宇宙戦艦。前世紀に絶滅した戦艦と言うカテゴリの名を冠された、宇宙兵器だった。

「ごっついねえ……」

港からその様子を眺めるエトナに、リスカムは頷いた。

「コンテ・ディ・カブール級一番艦。自力で大気圏を離脱して、月まで往復して、九カ月軌道上に居座って、大気圏突入して戻ってこれる。軌道爆雷や神々の巡航艦のレーザー砲に対する抗堪性こうたんせいを備え、高性能な光学・電磁波・赤外線その他センサーと通信機能がある。人工衛星が行う全ての仕事をあれ一隻でこなせる。宇宙ごみの中を飛び回ってもびくともしない。自分を守ることができて、敵に破壊されないだけの装甲があって、軌道を自由に選ぶことのできる人工衛星。レポートを出したのはだいぶ前だけど、ようやく形になった」

それは、制宙権を確立するための兵器だった。人工衛星は脆弱であり、軌道変更能力もごく限られたものしか持たない。だが、役に立つ。敵の攻撃目標になるのは明らかだった。

そして、それを守るのは不可能だ。実際遺伝子戦争ではそのことごとくが破壊された。

だから、重装甲でなおかつ武装し、強力なエンジンを積んだ人工衛星に人間を乗せて打ち上げる。コンセプトはシンプルだ。

リスカムはその課題について何年も考えていた。考え抜いた上であの兵器に関するアイデアをレポートにまとめ、上層部に提出したのだ。同じようなことを考えていたのはリスカムだけではないし、宇宙戦艦と言う兵器を実現するべく動いたのもイタリアだけではなかったが。最終的には複数の国家が規模に応じた建造数を割り当てられ、宇宙戦艦の建造に取り掛かった。

そして、かつて構想だけだった存在は現実に存在する。湾内に。

あれが水上を航行しているのはあまりの巨大さに着陸できる場所が制限される、と言うのもあるが、それ以上に門の通過を前提としているからだった。今まで開かれた門の大半は水上に設置された。人類はいまだ門を開く技術を我が物としていないが、次があれば門を確保・向こう側に兵力を送り込む、と言うオプションは必要だと判断されたのだ。既存の造船所で建造できるというメリットもある。

この三十年で発達した宇宙技術の粋を集めた兵器だった。

「次があれば、宇宙での艦隊決戦はきっと起きる。衛星資源をどう使うにしろ。ひょっとしたら小惑星を落としてくることさえあるかもしれない」

それは、簡単な事ではない。天体の投下は大変な時間と労力を必要とする事業であり、実行に移すのであれば長期にわたる完璧な制宙権の確保が必須だった。

人類がそれを防ぐにせよ。実行するにせよ。宇宙戦艦は必要だった。神格は極めて高価な上に、生物である以上は長期運用には不向きだ。宇宙戦艦は違う。機械には休息は必要ない。何より、人間も戦力に計上できる。

「まあ実際に動かしてみないと何とも言えないけど」

「うっ。そこが難しいんだよね……」

エトナのツッコミに詰まるリスカム。何せ全くの新兵器である。既存の宇宙兵器には他に気圏戦闘機があるが、あれは大気圏離脱・突入能力があるにせよ乗員は少人数であり、居住性がさほど高くない。長時間運用することが前提の兵器ではないのだった。

「ま、実際にあれの出番は来ないんだろうなあ」

「こら。思ってても言わない」

「はあい」




―――西暦二〇四九年。人類と神々との戦いが再開される二年前、宇宙での対艦戦が行われる三年前の出来事。

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