変化は日常入試は不滅

「疲れたあ」


【埼玉県 都築家】


相火は家の玄関でひっくり返った。雪の中を帰ってきたので全身がべとべとだ。

「あらあら。お帰りなさい。どうだった?」

「やれるだけはやったけどさ……」

迎えに出て来た玲子に首尾を報告すると、むくり。と起き上がる相火。

大学入試の帰りである。

「あなたがそういうなら大丈夫ね」

「そうかなあ」

「自信を持ちなさい。あなたは頭がいいんだから」

「普通じゃないかなあ」

「お父さんのお父さんに聞いても同じように答えるでしょうね。人間の違いなんて誤差だって」

「人類史上最高の科学者か……身内に偉人がいるとたいへんだ」

それは、父の口癖だった。その父はさらに親がいつも言っているのを聞いて覚えたのだとも。

雪を払うと、上着を脱ぐ。帽子を片付ける。

「母さんはなんで父さんと結婚したの?」

「そうねえ。大学で知り合って。誠実な人だと思ったから。と言うのはあったかな。ほっとけない人だとも思ったけれど。

あ、でも、結婚を決めるまでお父さん―――弘さんのことは何も教えてくれなくてね。あの焔光院志織が後見人だっていう話も。はるなさんだってギリギリで紹介してくれたんだから」

「父さんらしいなあ」

「誰でも顔を知ってる有名人と世界でもまだそんなにいない知性強化動物が披露宴に来たのよ。さすがにびっくりしたわ」

「そりゃ驚くだろうなあ」

とはいえ相火にとってそのふたりは「時々顔を合わせる親類のおばさん」であってそれ以上のものではない。この辺は子供のころからの環境の違いだろう。

「まあ、そのあたりの人たちと比べたら確かに、お父さんは平凡な人だったんでしょうね。本人からすれば」

「そりゃそうか…」

「でも実際問題として、お父さんは平凡かしら?」

「……平凡じゃあないなあ」

相火は、あのサバイバル技術の権化ともいえる父の姿を思い浮かべた。一見普通の服装の下には引き締まった肉体が隠れているし、幅広い知識に通じてもいる。不思議な貫禄がある。あれはただ者ではない。

「弘さんはね。お父さんに勉強しなさい。って言ったそうよ。これからの世界はこれまでにかいくらい進歩するだろうから」

「進歩か……」

「私たちからすれば、世界は変わった。戦前とは比較にならないくらい凄い進歩ね。九尾が最初に発表されたときはテレビでかじりついてみてたのを覚えてる。どんな生き物ができるんだろうって。私だけじゃない。全人類が注目してたでしょうね。けれど今は、知性強化動物の子供のニュースはごく当たり前な日常になってる。他の科学にしてもそう。変化は日常になった。いえ、元からそうだったのかも」

「……」

「さ。荷物を片付けて。お風呂入っていらっしゃい。ご飯がもうすぐ炊けるから」

「はーい」

相火は、鞄を部屋にもっていった。それを見送ると、玲子も夕食の支度に戻った。




―――西暦二〇四九年。都築刀祢が玲子と結婚してから二十一年、都築博士が亡くなってから二十六年目の出来事。

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