死体を探しに

「僕ら、何やってるんだろうなあ」


【イギリス コッツウォルズ地方 荒野】


グ=ラスはごろん。と草むらに寝転がった。

周囲は起伏に富んだ荒野である。蟲が住み、茂みがところどころ目につき、ウサギのいそうな穴がところどころで見つかる。そんな場所だった。

「何って……死体を探しに、だろう」

「まあなあ」

相槌を打ったのはアーサー。少年たちは遊びに出かけたのだった。ちょっとした噂の真偽を確かめに。荒野に死体が転がっているというのだ。それは太古の昔に行き倒れた旅人なのかもしれないし、戦争で亡くなった兵士かもしれない。ひょっとしたらつい最近、村で殺された人の遺体が犯人によって運ばれてきたのかもしれない。

合理的に考えれば本当に死体があった場合、少年たちが悠長に探すような事態になってはいないだろう。と言う指摘は彼らには通用しない。そもそもこの噂の状況設定自体が、前世紀の著名な文学の導入の変形なのだという意識もない。若者の熱量の発散のための探索行だった。

二人して寝転がりながら、空を行く雲を見つめる。

「死体を見つけたら、みんな僕らのこと見直すかな」

「どうかなあ。わかんないや」

学校ではグ=ラスはいつも仲間外れだ。露骨なものはないものの、有形無形の圧力が周囲からかかってくる。小さい頃は仲の良かった友達も一人、二人と徐々に疎遠になっていった。周囲の大人たちの影響だった。それでも、学校の先生たちは非常によくやっていたと言えるが。決定的な破局は何とか阻止してきたのだから。

「荒野で一人で死ぬってどんな気持ちだろう」

「寂しい。怖い。死にたくない。そんな感じかなあ」

「グ=ラス。君は死にたくないかい?」

「死にたくはないなあ。生きていたい」

喋っている間にも、徐々に太陽は傾き始めている。今はまだ日が高いが、あまりのんびりしていると帰るころには日が暮れているだろう。

「前に父さんに聞いたことがある。僕らの世界で最後を迎える人々も、荒野で孤独に死を待つことになるだろう。って」

「お父さんが?」

「うん。文明が失われていく。機械が次々に止まっていく。少子化が進む。各地がバラバラになる。最後には荒野になった世界で、残ったひとが一人孤独に死んでいく。そんなことが世界中に起きる。最後には僕らは滅びる。

怖いと思わないかい」

「そうだなあ。たしかに怖い話だ。荒野なんかで死んでなるもんか。って思うな」

友人の言葉に、グ=ラスは頷いた。

「で、どうする?今日は諦めるかい」

「そうだなあ。明日続きでもいいけれど」

「決まり。……よっこいしょ」

立ち上がる。村の方角の見当をつける。歩き始める。

「結局、見つからなかったなあ」

「どうなんだろう。死体、あるのかな」

「分からないなあ。けど、これでよかったのかもしれない」

「どうしてさ」

「もっと大事なことに気付いたから」

グ=ラスは遠方に視線を向けた。夕日に照らされた場所。帰るべき場所へと。

「僕はたぶん、逃げ出したかったんだ。施設から。あの収容所から」

見えてきたのは、グ=ラスが住まう施設。周囲をフェンスで囲まれ、監視塔が幾つも建てられ、周囲にドローンが飛翔し、ものものしい入り口

「逃げ場があるのはいいことだ。それが荒野でも。ありもしない死体であっても」

「そっか」

「結構楽しかった。死体を探す。なんていう理由がなければ、荒野のど真ん中まで出てきたりしなかった。たぶん。それに気付いただけでもめっけもんだよ」

少年たちは笑顔を交わす。

やがて、施設の前に差し掛かるふたり。

「じゃあ、また明日」

「じゃあね」

別れの挨拶を交わし、少年たちは家路についた。




―――西暦二〇四八年。再び門が開通する四年前。グ=ラスが十三歳を迎えた年の出来事。

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