爆発する星々

「ねえ。おばさんは、僕らの故郷に行ったことがあるの?」


【デンマーク王国グリーンランド フヴァルセー遺跡】


「行ったどころか何年もいたよ。オレは戦前組の人類側神格のひとりだ」

フランシスは望遠鏡をいじりながら答えた。天体観測用の、ごくありふれた市販品である。自社製品だが。

空は一面の星空。遥か南方にはオービタルリングがかかって観測を邪魔しているが、高緯度地域であるここではさほど障害にはならない。戦前からの天文ファンにはあれは不評らしい。邪魔なのはわかるが、宇宙に上がるコストがオービタルリングのおかげで激減した現在ではプロの天文学者は宇宙からの観測をより重要視している。

ここは一面の平原。そばでシートを広げているのは、厚着をした鳥相の少年。グ=ラスだった。

「"天照"なんかと違って遺伝子戦争が始まる前、偵察に来た神々に拉致されてな。耳の穴から蝶みたいな蟲を突っ込まれるんだ。そいつに体を乗っ取られて、ずっと働かされてた。最悪なのは意識があったことだな。そういう意味では心が消されてた他の連中がうらやましい」

「……恨んでる?僕のこと、どう思ってるの」

「今でも神々は恨んでる。けどお前は恨んでない。恨んでどうする?お前がやったわけじゃあない」

天体望遠鏡の調整を終えたフランシスは上体を起こした。絶好の観測ができるはずだ。

「ほら。見てみろ」

「うん」

望遠鏡を覗き込むグ=ラス。彼が見たのは、衛星軌道上を行き交う様々な機械。巨神。衛星。

「世の中にはオレみたいに思わない奴もいる」

「だから僕を旅行に連れて来てくれたの?」

「まあそれはある」

ヒトではない少年は、周囲を見回した。生まれて初めての国外。グリーンランドの寒冷な大地を。

そのための手続きの全てを、この銀髪の女性はしてくれたのだった。相当に大変だったであろうことはグ=ラスにも想像がつく。どこへ行くにも見える位置にIDカードをぶら下げて行かねばならなかったが、これは余計なトラブルを避けるためにはやむを得ないだろう。グ=ラスはこの星では圧倒的少数派なのだから。

一通り軌道上の繁栄を確認した少年は、星の世界へと目線を移した。

「何が見える?」

「星がいっぱい。あそこには何があるんだろう」

「さあなあ。連星。ブラックホール。中性子星。星雲。生命のいる星だってあるかもしれないし、今にも爆発しそうな天体だってあるだろう」

「攻めてくる文明や、地球まで被害を受けるような超新星もあるのかな……」

「さあな。オレが昔割り当てられた任務には近隣の恒星を調査するというものもある。超光速船で、幾つもある星を巡っていくんだ。色んな機材と一緒におろされて、太陽に降りて時間をかけて観測する。恐ろしい体験だった。神々は真剣だったろうよ。超新星で滅びかけてんだからな。

人類だって危険な星は幾つか見つけてる。ベテルギウスは赤色超巨星だが、核融合の燃料を使い果たしつつある。こいつは十分に重いから核融合反応が止まれば、自重に押しつぶされる。コアが圧縮されて中性子星になる一方で、外層はコアの崩壊に跳ね返されて爆発する。超新星だ。

まあ地球はすぐにはどうこうはならん。ベテルギウスは明日爆発するかもしれんが、こいつは六百四十光年彼方だ。被害が届くには遠すぎる」

「故郷はついてなかったのかな。そんなに近くで爆発なんて」

「さあなあ。だが超新星自体は珍しい現象じゃあない。それに地球の生命にとっても縁のない話じゃない。二百万年ほど前、三百光年ほどの距離で星が爆発した。それに応じて大量絶滅が起きてる。それだけじゃあない。地球上では今まで十九回大量絶滅が起きた。そのうちの何回かは超新星の仕業のはずだ」

「人類も、僕らの故郷みたいになる?」

「分からん。だが超新星も悪いことばっかりじゃない。大量絶滅が作る生態系の空白は生き残った生物に更なる進化のチャンスを与えてくれる。銀河の中心の方では頻繁に超新星に晒されることで、凶悪なエイリアンが文明を育むのが阻害されているかもしれない。いいように出るか悪いように出るかは結局運だ。

ひょっとすれば、人類と神々はまた違った出会い方をしていたかもしれない」

「……そっか」

しばし会話が途切れた。少年はレンズを覗き込み、フランシスは魔法瓶のコーヒーをコップに注ぐ。

「……前から考えてたことがある」

「なんだ?」

「大人になったら、軍隊に入ろうと思ってる。士官になるんだ」

「厳しいぞ。普通の人間でもそうなんだ。お前ならもっと大変だろう。それでもいいのか?」

「このままだってどうせまともな仕事になんて就けないよ。それなら尊敬される仕事がしたい。フランシスおばさんなら、なんとかできるよね」

「門前払いされないように、公正な取り扱いをするようお偉方にねじ込むくらいならな。それ以上は無理だ」

「十分だよ」

「だが、それなら一つ聞いておかなきゃならん。

門がまた開いた時。人類のために、神々を殺せるか?故郷と戦えるか?」

問われた少年は頷き、そして大海賊へと答えを返した。

「戦うよ。故郷のひとたちはいけないことをした。僕は生まれ育った地球を守るために、もう一つの故郷と戦う。約束する」

それに、と、グ=ラスは続ける。

「地球に何かあった時、母さんたちを守れるのは僕だけだから。施設で僕は唯一、自由に外で動けるから」

「……そこまで覚悟を決めてるなら、考えておいてやる。ただ、繰り返しになるが覚えておけ。オレにできるのは公正な取り扱いをすると軍に約束させるところまでだ」

「わかったよ、フランシスおばさん」

今度こそ会話は途切れた。少年は望遠鏡を覗き、その様子を銀髪の海賊はずっと眺めていた。




―――西暦二〇四八年。第一次門攻防戦の四年前、神々の子が史上初めて人類の士官学校に入る五年前の出来事。

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