天使の輪
「僕は天使じゃないし、神格は神じゃない。ヒトを騙そうとしているだけ絵や彫刻よりずっとタチの悪い存在だ」
【メキシコ合衆国ゲレーロ州マステマ宅近辺の裏路地】
マリーゴールドの香りが漂っていた。
ただでさえカラフルな市街地を染め上げているのは多種多様な装飾。家々の玄関口には
その一角。日当たりのいい裏路地では、子供たちがたむろしていた。
彼らに取り囲まれているのは黒いジャケットを羽織り、ハーフパンツを履いた若い女性。いや、女性とは断言できない。
両性具有者。人類側神格マステマであった。
「ねーもっとお話ししてー」
「まだやるのかい?もうたくさんお話したよ」
「やだーもっとー」「お兄ちゃんって天使様ってほんとう?」「お兄ちゃんじゃないよお姉ちゃんだよ」
わいわいがやがやとやっている子供たちをつまみ上げて横一列に並べるマステマ。
「僕は天使じゃないよ。後お兄ちゃんでもお姉ちゃんでもない。僕はマステマであってそれ以外じゃないから間違えないように」
「「はーい」」
「でもまあ、これくらいはやってもいいか。死者の日だしな」
「やっぱり天使さま?」
「違うよ」
苦笑するマステマの前で、子供たちはわいわいがやがや。
「神はいない。僕らの目で見える場所にはね。いたら偽物だ」
「にせもの?」
「そう。だから僕も偽物の天使さ。そう作られた」
「ふーん」
納得のいかない様子の子供たちにマステマは苦笑。たしかに分かりづらいかもしれない。
「今日は何の日?」
「死者の日ー」
「そう。死んだ人たちが帰ってくる日だね。けど、帰ってきた人たちは見えるかな?」
「「みえなーい」」
「それといっしょ。本物の神様や天使様に会いたかったら、教会に行きなさい。僕なんかの所じゃなくね」
「教会にいったら神様や天使さま、会える?」
天使を模して造られた人類側神格は、深くうなずいた。
「神父様がその方法を教えてくださる。神様はとっても奥深い。簡単に見てわかるものじゃないんだよ。そういうのがいたら騙そうとしてると思った方がいい」
冠をつまみとる。ぽいっ。と投げる。おっかなびっくり受け取った子供が、まじまじとそれを観察した。
天使の輪を意匠としたそれは、結局のところただの複雑な自己増殖型分子機械の集合体に過ぎない。手で持てるし、銃で撃てば割れる。今や地球上に広く普及した、少々高価なだけの物体でしかなかった。
「マステマ、騙す?」
「そうだな。僕も昔は騙そうとする連中の片棒を担いでた。でも30年も前に足を洗ったんだ。昔の仲間を裏切った。人間と一緒になって戦った。まあ、もう軍隊で戦うのはこりごりだけどね」
「どうして?」
「結構無茶苦茶をやらされたからだよ。敵地に乗り込めとか、山をぶち抜いてその向こうの敵をやっつけろとか」
マステマは。この堕天使は、過去を思い出した。南米、アンデス山脈にはマステマが開けた大穴がぽっかりと空洞を晒していた。今は人類製神格たちの尽力で地形が復元されているが、それまではとんでもない光景が見られたものだった。マステマの巨神の片割れ、悪魔像は非常に多機能かつ大出力である。軍に命じられるままその破壊力を行使した結果だった。当時の神格の運用は手探りだったとはいえ。迂闊に熱核兵器以上の火力を不慣れな上に追い詰められた軍に持たせるとロクなことにならない。というのがマステマの得た教訓である。今はさすがに大丈夫だと思いたいが。そのために人類製神格の指揮権は国連が握っているのだ。
「その話聞きたい」「聞きたーい」
「はは。戦争の話は刺激が大きいからまた今度ね。
さ。みんな。僕の所ばっかりいないで遊んできなさい。せっかく死者の日なんだから」
「「はーい」」
返された冠を消去。散っていく子供たちを見送り、マステマも自ら立ち上がった。傍らの階段を上り、自分の部屋へと戻っていく。
入り口までたどり着いた時点で、飾ってある小さな
マステマは迎え入れるべき家族の死者はいないが、かつてはいたかもしれない。記憶に残っていないが。それゆえの祭壇。
しばしそれを見つめた
―――西暦二〇四七年十一月一日。マステマが一三〇歳の誕生日を迎えた年、死者の日の出来事。
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