ありふれた青春

「普通っていうのは人の数だけあるもんなんだなあ。やっぱり」


【埼玉県 県立高校教室】


「都築ぃ。夏休みどーするよ」

「うーん?そうだなあ」

問われた相火は考え込んだ。

終業式の日の、朝の教室である。相手は後ろの席の同級生。

「一度しかない高校二年の夏休みなんだから、パーっと遊びたいよな」

「確かになあ。でも暑いからなあ」

日本の夏は暑い。死ぬほど暑い。比喩ではなく、毎年熱射病で亡くなる人のニュースは夏の風物詩となりつつある。国外でもロシアで洪水が起きただのオーストラリアで大規模な山火事が起きただの、その悪影響は計り知れない。遺伝子戦争以前には既に上昇傾向にあったらしいが、加速したのは戦争の影響である。戦中から戦後すぐにかけてはによって日照が大幅に低下したため若干下がっていたそうだが、それもすぐになくなった。戦乱によって大気中に飛び散った塵は案外早く落下したためである。

もっとも、来年には環太平洋地域でも気象制御の試験運用が始まるらしい。そのデータをフィードバックした気象制御型神格が量産されるようになれば、地球の温暖化も解決するだろう。

だが、この夏には間に合わない。

「確かに暑いのはかなわんなあ。

んじゃあよ。去年はどうしてた?」

「去年かあ。家族やおばさんと一緒にキャンプに行ったなあ。まあ毎年誰かとはキャンプに行くんだけど」

「おばさんがいるんだ。美人?」

「美人……っていうのかなあ?」

相火は返答に窮した。ここでのおばさんははるなである。彼女の獣相は見慣れたものだし愛嬌もあるとは思うが美人かと聞かれると困る。

一方、相火のおばさんが知性強化動物だとは知らない同級生は、歯切れの悪い返答に怪訝な顔をした。

「どういう人なんだ?」

「自衛官だよ。国連軍で仕事してる」

「国連軍ってことはエリートじゃねえの?」

「こういう場合エリートって言っていいのかなあ?博士号幾つか持ってるって言ってたけど」

「そりゃエリートだろ間違いなく」

微妙に噛み合わないまま会話は続く。

「やっぱりなんかすごいことやる?」

「やらないなあ。おばさんや母さんや妹たちがいるときは。普通のキャンプだよ」

「いなかったら?」

「父さんと二人で最低限の荷物だけで何日も山籠もりだ。米と塩と水筒と、あとは飯盒メスティンや刃物くらいかな。持ってくの。

松葉なんかで茶を作るとうまいんだ。ちょっと松ヤニくさいけどね。

野犬の群れに襲われたときは一巻の終わりかと思ったなあ。木の枝を振り回して必死に戦ったっけ。父さんが群れのリーダーを見つけて、やっつけたんだよ」

「……」

「クマとばったり。なんてことも一回あった。目の前で立ち上がるんだ。大きいよ。けどそれはこっちを観察するためなんだ。だからこっちも観察し返す。威嚇のために大声も出す。そうすると向こうも用心する。そうしたらそのうち立ち去るんだ」

「……都築お前よく生きてんなあ…」

「父さんが一緒にいたからね。子連れと人を襲ったことのある熊は無理らしいけど。遺伝子戦争の時、徒歩で神戸から静岡まで、山道を突っ切って歩いたって言ってたよ」

「同じ戦中世代つってもうちの親とはだいぶ違うなあ、都築んとこの親父さん」

「そっちはどうだったの」

「親父は戦争中はずっと地元で家の仕事手伝ってたってさ。建設でさ。生活はめっちゃ不便だったけど、気が付いたら戦争終わってたとかなんとか」

「そう言う場所もあるんだなあ」

相火は頷いた。たしかに言われてみれば、人類は文明を再建できたのだから無事な土地もたくさんあったに違いない。そうでなければ工業基盤は消滅し、農業生産も不可能になっていたはずだ。と言うか自分たちの住む埼玉はほぼ、戦時中無傷だったらしい。全国的に見ればそれは少数派らしいが。

「そう言えば聞いてなかったけど、そっちは夏休みどうするの?」

「私は海かなあ。砂浜でこの悩殺ボディを披露してくる」

「自分で言うかあ。と言うか死語だよそれ」

「うっせー」

夏用のシャツとスカートに身を包んだ同級生の抗議を放置し、相火は前を向いた。そろそろ時間のはずだ。

狙ったように、担任の教師が入ってくる。チャイムが鳴り響いたのは、それから数十秒後のこと。

「じゃあホームルームはじめるぞー」

夏休み前日だからだろうか。若干やる気のない担任の言葉に、皆が従った。





―――西暦二〇四七年。環太平洋地域にて気象制御の試験運用が開始される前年、人類が気象制御型神格を実用化する六年前の出来事。

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