確率勝負に持ち込もう
「高度なAIや知性強化動物と戦うならコイントスにしとけ。完全な確率勝負に持ち込むのが一番勝率が高い」
【イギリス イングランドロンドン市 マリオン家リビング】
ごろごろと、六面体
「あー」
「はずれだ。残念だったな」
アランはテーブルに突っ伏した。彼だけではない。獣相を備えた数名のチェシャ猫及び
彼ら彼女らが挟んでいるテーブルに置かれているのは地形を描かれた
遠未来、恒星間にまで広がった人類の戦争をテーマとする、古いボードゲームであった。なんと遺伝子戦争からさらに何十年も前の骨董品である。実際に使われていたらしく、色あせ、厚紙でできたボードやルールブックはボロボロだ。チェシャ猫たちの保護者のひとりが親の遺産整理をしていたら出てきたのだとかなんとか。
神格を組み込まれた知性強化動物は酔わないので、宴会をするような時は酒を飲む代わりにこういうゲームをやるのが通例であった。もちろん他国の場合はまた異なる文化があるだろう。知性強化動物が誕生して随分たつ。こうした伝統が生まれるのには十分な時間が経過していた。
ひとりひとりがサイコロを振り、攻撃が命中したかどうかを判定する。ふたつに分かれたチームがロボットで戦い、どちらかが全滅した時点で勝敗が決するルールだった。
「
「現実にだって微妙な兵器はあるしなあ」
「ゲームの設計的には放熱器の容量に収まる程度の火力だと機体の火力が不足気味になる。そいつみたいに極端な設計だと扱いは難しくなるけどな」
「フランシス先生、ひょっとしてやったことあるの?」
「いや。現物は今日初めて見た。戦前に名前やどういうゲームかは知る機会があっただけだ」
順番に攻撃の処理をしながら会話が弾む。公平性の担保のため、ゲーム的には全ての攻撃は「同時に」行われる。もちろん実際にはすべての人間が同時にサイコロを振り始めると大混乱に陥るのは明らかなため、交代でサイコロを振っているのだった。
ちなみに先ほど欠陥機呼ばわりされたロボットは実際には、すべての武装を同時に使う機会は少ない。射程が異なるためである。問題にするべきは頭部装甲の脆さなのだが、全員が初心者であるためまだ誰もその点に気付いていなかった。
等と言っていると。
「あ」
メアリーの手番。攻撃が命中し、欠陥機の頭部にヒット。致命傷を与えた。一方、瞬殺されて頭を抱えるアラン。
「うわあ」
「確率の妙だな」
フランシスは苦笑。メアリーが例えばチェスや将棋、囲碁と言ったランダム性の廃されたゲームでアランに挑めば瞬殺されるのはメアリーの方だろう。人間と第三世代型知性強化動物では知的能力にあまりにも差があるからだった。確率の概念が存在するゲームではそうではない。例えば、今このボードゲームで起きたことのように。
それは、現実の戦闘でも人間が。そして人間をベースとする眷属が、第三世代型知性強化動物を上回る瞬間が存在する、と言うことだ。いかな性能差があるとはいえ。戦場には霧が存在する。どれほど科学が発展しようとも知ることのできない領域が。その向こうで起きていることは、推測するしかない。現実はチェスのような完全情報ゲームではなく、サイコロを振る余地の存在する不完全情報ゲームなのだから。
「さ。いきなり3対4になっちまったな。どうする?」
一通り攻撃の処理が終わり、再び
わいわいがやがやと移動を処理し、また攻撃に入る双方。
再び悲鳴が上がり、喜悲劇が巻き起こった。
このやり取りはしばらく続き、夜が更けてきたころようやく終わった。
一同は、ゲームの内容にそこそこ満足していたあと、自宅に帰っていった。
―――西暦二〇四七年、マリオン家にて。第三世代型神格が配備された翌年、チェシャ猫級が実戦投入される五年前の出来事。
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