今でも傑作

「いやはや。こうして顔見知りもどんどん減ってくんやろなあ」


【埼玉県川口市 法華宗派寺院】


大きな畳敷きの部屋だった。

和式の椅子が並ぶ中、座っている者はちらほら。室内の奥には仏像が鎮座している。高坏には供え物が積まれ、仏具が並んでいる。輝いている蝋燭ろうそくはLED。そして、ひときわ目を引くのは木棺である。

葬式だった。

「曽我さん、七十一歳でしたっけ」

「そんくらいやなあ確か。今の医学なら百まで生きれたやろに」

開始まではまだ間がある。言葉を交わしているのは刀祢と小柴博士であった。亡くなった曽我というのは九尾開発に最初期から携わっていた研究員のひとり。刀祢が来ているのも面識があったからである。死因は交通事故だったらしい。周囲を見回してみれば、やはり九尾級関係者が目につく。

そして、当の九尾自身も。

故人の家族。個体名"きりしま"だった。はるなやちょうかいとは同期の姉妹である。

喪服に身を包み沈痛な表情の獣相は、見ていて痛々しい。

「人間は死ぬ。みんないつか死んでしまう。けど、あの娘たちは百年後も生きているんですよね」

「やなあ。ここまでの二十四年間。神格は無事に働いとる。劣化の兆候もない。あと百年はほっといても余裕で動くと見てもええやろう。千年後はさすがに分からんけれども」

「……凄いですよね。そんなに長い間動き続ける機械を作ったんだから」

「まあ、私らがやったのは見様見真似やったけどな。当時は。志織さんがもたらした技術情報。十八人分の人類側神格のデータ。色々検討して、一番容易そうなプラズマ制御型のデチューンした奴を使こうたんや。流体の挙動が一番理解しやすかったからな」

神格の現物、それも稼働中のものがあったとはいえリバースエンジニアリングは困難を極めた。ダウングレードにダウングレードを重ねてようやく、まともに稼働するものを小柴博士のチームは作り上げたのである。

神格は一種の機械生命体だ。機械であり生物でもある。ある種のコンピュータでもある。多様な機能を持ち合わせ、それが有機的に連携を取ってもいる。宿主の身体強化。脳との接続。情報の書き込みと読み出し。流体の制御。脳内無線機。情報処理機器。etc.etc.

「九尾は今でも傑作やったと思うとる。あれで成功したおかげで、いろいろとチャレンジさせてもうたんや」

「新型はどうですか?」

「うまいこと行けたんちゃうかな。順調にいけば来年には凄いもんを見られるで」

「期待してます」

去年誕生した"G"級初期ロットたちは、十二人に強襲揚陸型、残り六人に大規模光学攻撃型神格を組み込む予定である。どちらの神格も基本的には"天照"の第三世代型知性強化動物仕様のバージョン違いだ。ふたつあるのは用兵上の理由だった。

イギリスでロールアウトした第三世代も凄まじい能力を発揮したと聞く。それと同等の水準だとするならば驚くべき性能を発揮するだろう。

「ま、これで肩の荷は下りたわ。引退するまでにどうにか神々の水準に追いつけた」

「やはり、引退されるんですか?」

「まあなあ。さすがに私もええ年や。それにずっと上の椅子に座ってたら、若手も困るやろ。悠々自適の生活をさせてもらいますわ」

「……お疲れ様でした」

「おう。ありがとさん、刀祢くん」

九尾計画が持ち上がった当時、小柴博士や都築博士より上の世代の科学者はさほど残っていなかった。多数の人命が失われ、医薬品や食料も不足する中では高齢者の生存率は低かったというのが主たる理由である。研究者層もまだ体力のある、働き盛りの年代が多く生き残ったのだった。また、神々のテクノロジーと言う全く新しい知識に積極的に向き合ったのは、そういった中堅層の科学者や若者たちでもあった。結果として九尾建造計画は比較的若い世代の科学者によって推進されたのだ。

「さて。そろそろ始まるかな」

小柴博士の言葉に、刀祢は周囲を見回した。いつの間にか人が多くなっている。時間が近づいているらしい。

居住まいを正すふたり。

葬儀が始まったのは、それからすぐのことだった。




―――西暦二〇四六年。小柴博士が引退する二年、"G"級強襲揚陸戦仕様が実戦投入される六年前の出来事。

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