資本主義と言う名の信仰
「神と貨幣経済は同じものだ。その存在を共有できるという点では」
【北海 神格支援艦クイーン・エリザベス甲板】
空が、歪んだ。
それはたちまちのうちに拡大。膨れ上がり、かと思えば一拍置いて実体化する。
そいつは、猫だった。四本の脚を持ち、オレンジ色の毛並みで、三角形の耳と立派な髭を備える、標準的な巨神の何倍もの大きさの巨像である。顔は妙にデフォルメされ、ニヤニヤ笑いを浮かべているようにも見えた。口に生えているのは三角形のぎざぎざした歯だ。
「座標は?」
『―――ほぼ予定通り。南東に誤差8メートルです』
「まあまあか」
レシーバーの通話ボタンを離し、フランシスは周囲を見回した。空母にも似た巨大な甲板。神格支援艦と呼ばれる、神格用の設備と艦載機を満載した、戦後に出現したカテゴリの艦艇である。訓練中だった。
空を見上げる。
ゆっくりと降下してくる猫は最新型の巨神"チェシャ猫"。とは言え空中に召喚されたわけではない。数十キロ離れた地点からここまで瞬間移動してきたのである。空間を飛び越えて。
その戦略的価値は計り知れない。
1万トンの物資や人員を輸送可能な性能と併せ、軍部がどのような運用を想定しているか。フランシスはもちろん知っていた。
「いざというとき役立ってはくれそうだな」
「先生はいつも辛口評価だね」
傍らに座っているのはジョージだった。彼以外にも何名もの巨獣が甲板に分散しているし、馬の頭部を備えたケルピーたちの姿も見える。チェシャ猫の教官役だった。黎明期は知性強化動物十二名に対して人類側神格の教官が一名ついていれば恵まれた環境だったが現在は違う。基本的には教官役の人類製神格がマンツーマンで教練に当たる。その最大の役目は事故の防止だが、教育効率の向上にも一役買っていた。
「結局のところ、兵器ってのは相手のいるところで使うもんだからな。前回は神々が相手だったが、次は誰が相手になるか分からん。また神々だったとしても奴らの
「チェシャ猫は無意味になるかもしれない?」
「そうは言ってねえ。連中の瞬間移動能力と輸送能力があれば、大量の物資を安全に運べる。これはどんな戦争だろうと役立つだろうさ。戦闘能力も優秀だがそれはメインじゃあない。物を運ぶってのは命を運ぶってことだ。人類が交易を始めた時からこりゃ大原則なんだよ」
「それは商社を経営している視点からの考え?」
「かもしれねえ。俺たちはみんな、資本主義と言う名の神に仕えてるのさ。お前だって札束に宿る精霊の
「別に拝金主義者のつもりはないんだけどなあ」
「本質的には信仰と貨幣経済は同じもんだよ。いかに貨幣が実利的に見えてもな。例えばオレの会社は法的には人間だ。法人と言う名のな。法人は銀行口座を開けるし、法に従う義務がある。業務に関する責任を負うのも法人だ。商品に不具合が出てリコールがあったとして、その損害を被るのは法人であって所属する従業員じゃあない。実在する人間は1ポンドたりとも支払う必要はないわけだ。けれど会社は間違いなく存在している。所属している人間にとってそうだし、取引先にとってもそうだ。物理的にはロンドンに本社ビルがあるし、アメリカ北海岸には高度知能機械のサーバーだってあるが、それらがなくなったって会社自体は存在できるだろう。多くの人間がその存在を信じているからだ」
「まあ、そういう意味なら」
ジョージは頷いた。
「経済には共通する価値観が必要だ。信用できない相手とは交易できないからな。金であったり神であったり国家だったり。黒曜石や貝殻を交換してる頃からそうだったんだよ。3万年前に何百キロも離れたところ同士で交易をしてた頃から何も変わってない」
「それだけ長い間変わってないなら、これからも変わらないんだろうなあ」
「多分な」
チェシャ猫の、艦に匹敵する巨体が降りてきた。それが霧散し、軍服を着た猫獣人が降りてきたのを確認した時点で、ふたりは歩き出した。生徒に対して、今の訓練の評価を告げるために。
―――西暦二〇四六年。人類製神格が技術面でも神々に並んだ年、第一次門攻防戦の六年前の出来事。
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