師弟の問答

「神格の能力はアンバランスなもの。いかに有り余るパワーがあっても、そのままでは振り回されるのがオチです」


【中華民国台北市 下竹林】


よく手入れされた竹林だった。

この不可思議な植物はイネ科タケ亜科に属する常緑性の多年生植物である。青々と伸びているのは草なのだ。無性生殖で拡大するが、一定の年数ごとに花を咲かせて種子を残し一斉に枯れるという特性も備えている。

陽光が差し込む竹林は広い。果てが見通せない空間は、張り詰めた空気に満ちていた。

黄蓉ファンロン。貴女は今年で幾つになりましたか」

「二十三です」

「私の初陣は十七歳でした。そろそろ貴女が、あの頃の私より強くなっていてもよいころです。

―――さあ。かかっておいでなさい」

黄蓉ファンロンは身構える。眼前で自然体を晒すのは、ごく普通の服装をした黒髪の女性。まだ少女と言ってよい外見の彼女が、実際には四十歳を過ぎた不老不死者であることをこの知性強化動物は知っていた。

「―――っ!」

踏み込む。たちまち時速百八十キロを超える。大気圧に視界がにじむ。裂帛の気合と共に突き出された黄蓉の抜き手は、音速に迫った。

対する女性。人類側神格サラ・チェンが取ったのは一連の動作。左足を前に出す。両腕を前へ。腰が下がる。

まるで白鳥の翼であるかのように広がった両腕。そのうちの右腕は、抜き手を巻き込んで跳ね上げた。どころか止まらず、両の腕は8の字を描くかのように回転。敵手を前後から挟み込んだのである。

そこから強烈な突き飛ばしへと変化した両手が、黄蓉を襲った。

流れに逆らわず吹っ飛んだ黄蓉は地面を一回転すると跳ねあがるように起き上がる。

再び対峙するふたり。

「よく持ち直しましたね。鍛錬を怠っていないようで安心しました」

「……生きた心地がしないんですけどお」

師匠の賞賛も、黄蓉の心には響かなかいようだった。両者の身体能力はかなりの差がある。埋められないほどではないにせよ。組み込まれた神格の性能の差だった。

「黄蓉。訓練で最初に言ったことを覚えていますか」

「……神格がいかに超人的な能力を持っていようが、人間と同じ質量しかない。有り余るパワーに振り回されるな。でしたよね。

その後ひたすら簡化二十四式ばっかり延々とやらされたのを覚えてます」

サラ・チェンは頷いた。神格によって強化された肉体は3メートル先から発射された銃弾を視認した上で避けることだってできるし助走なしで十メートルを飛び越えることもできる。素手で装甲車を引き裂くことも。

だが体重は人間と同じである。作用反作用の法則は神格にも容赦なく働くから、乗用車を吹き飛ばせば同じだけのパワーで自分も吹っ飛ぶことになった。それを回避するためには力をうまく配分する必要がある。武術の有用性はここにある。

サラ・チェンが身に着けた武術は古式の流れを汲む太極拳である。遺伝子戦争中彼女はそれを独自に改良し、巨神戦での応用も編み出したという。黄蓉たち虎人級知性強化動物が初期訓練でやった簡化二十四式太極拳は前世紀、隣国中華人民共和国が各種太極拳の流派を簡便に整理した一連の套路動作であった。ゆったりとした動作で重心移動を訓練するにはうってつけである。

「第三世代の子供たちが生まれ始めています。数年以内には貴女の新しい弟たちや妹たちも生まれるでしょう」

「はい」

いつしか構えを解いていた両者。ふたりの交わす言葉が、竹林に吸い込まれて行く。

「私も今まで通り活動していくつもりですが、人類製神格がここまで増加した今。後進に道を示すのは貴女たちの世代の役目です。

精進なさい」

「はい」

黄蓉が頷いたのを認めたサラ・チェンは、微笑んだ。

「さ。戻りましょう。休みなのに連れ出してごめんなさいね」

「ほんとですよ師匠ぉ。なんかおごってください」

「はいはい。貴女はいつまでも子供ですね」

師弟は、竹林より去っていった。




―――西暦二〇四四年。虎人級の誕生から二十三年、"斉天大聖"級知性強化動物誕生の三年前の出来事。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る