子猫合唱団

「「「みゃあみゃあみゃあみゃあ」」」


【イギリス ハートフォードシャー イーストベリ 知性強化生物研究所保育室】


猫の群れだった。

服を着て、人間の幼児くらいの体格と骨格。そして尻尾と猫にも似た顔立ちを備えた彼らは"チェシャ猫"と呼ばれる、今のところ最新鋭の知性強化動物である。もうすぐ最新から二番目になるだろうと言われているが。

実際にみゃあだのにゃあだのと鳴いているわけではないが、大人を玩具にして遊んでいる彼らの様子はそんな声が聞こえてきそうだった。

もっとも、保育室の中央。柔らかな素材で覆われた床の上で体をよじ登られている当人にはそんな余裕はなかったが。

「うがあ。重いだろ」

後頭部にまでよじ登ってきたをつまみ上げると歯をむき出しにした顔を作ってやるフランシス。対する子猫はキャッキャと笑っていた。面白いらしい。

「……最新型と言っても変わんねえなあ」

「そうですか?」

疑問を呈したのは馬面に私服を着たケルピー級知性強化動物。首から下の形状はほぼ人間の女性に見えるが、ズボンの上からは尻尾が伸びている。ちなみに第一世代は細部は異なるものの人体構造を模しているため、尻尾の位置も種類に関わらず同じである。人間からは退化して無くなった尻尾を蘇らせる形で伸ばしているのだった。なので例えば九尾の服をケルピーが着る、と言ったことも出来たりする。尻尾なしの知性強化動物も作れないわけではないが、あったほうが脳の発達に有利に働くことがわかっている。それもあって、第一世代は基本的に第一号である九尾を踏襲していた。

このような知性強化動物の衣類などは黎明期から現在に至るまで、熟練した職人がミシンで縫う。専用ラインを構築するほど需要がないためである。

「お前らもだいたいこんな感じだったぞ。まあオレも時々しか見に来なかったが」

「いつもみんなのぶんのプレゼントを抱えてくれてましたよね。私達みんな、『フランシス先生は次はいつ来るんだろう?』って話してたんですよ。時々しか会えなくて、寂しかったです」

「悪かったよ。仕事が忙しくてな」

フランシスは苦笑。この人類側神格にとっては知性強化動物に関する事業への参加はボランティアである。報酬は受け取っているが、本業に専念したほうがずっと儲かるのだった。事業も安定した現在はかなり余裕が捻出できるようになったが。

元海賊は過去を思い返した。戦時中から知性強化動物。いや、神格用の人造人間の開発は進んでいたという。当初は急成長する人間を作るつもりだったのだ。少なくとも、イギリスの当局は。フランシスがこの計画に参加したころには既に知性強化動物開発へと舵を切っていた。倫理的問題を回避する目的もあったし、識別しやすいよう人間と異なる外見を備えた方が好都合と言う理由もあった。実際には当事者の予測を超える方向に歴史は動いた。九尾級の誕生をきっかけとして知性強化動物の権利保護が確立された。九尾から二年遅れてケルピー級は完成したが人間と異なるその外見は、もはや特別な意味を持たなくなっていた。世界の方が変わったのだ。

「よっこいしょ。ほれ」

フランシスは、子猫を床に下ろした。キャッキャと笑いながら転がっていく子猫。

見た目からは想像もつかないが、このチェシャ猫たちの性能はケルピーとは比較にならないほど高い。巨神で戦う限りその戦力差は、十倍を優に超えるだろう。

それは、同数で戦うなら眷属を一蹴できる。ということだ。

全身が高性能のスーパーコンピュータともいえる第三世代はそれを可能とする。戦後二十五年間の研究の成果だった。DNAの情報処理能力。細胞内でのフィードバック制御を担当するマクスウェルの悪魔。形によって演算するリザバーコンピューティング。生体に元来備わった様々な演算能力を工学的に統合し、情報処理に活用することで巨神の性能を最大限に引き出すメカニズム。

「こいつらが主力になれば、今度こそ人類は神々と対等になる。高価だが高性能な知性強化動物で、安価な人間を用いた神々の眷属を圧倒する。ウィリアム・ゴールドマンが最初に提唱したコンセプトだ」

「神々も、知性強化動物を作るでしょうか」

「さあな。だが人間を用いた眷属を作るのに神々は何十年もかけた。知性強化動物だってすぐにできるもんじゃあない。連中もこの方面は未開拓だからな。それに作れるようになったとして、条件はようやく五分に戻るだけだ。兵器に改造した人間を洗脳して繰り出すのが割に合わないと奴らに思わせられれば勝ちなんだ。科学力が並べば、人類が圧倒的に有利だからな。連中はもう増えないが人類は増える事ができる。戦争ってのは後背地をどれだけ抱えてるかで勝敗が決まる。1000人殺されれば1500人産めばいいんだ」

「日本神話ですね」

その答えに、フランシスは頷いた。

「まあちょっと過激な例えだがな。

さて。そろそろ帰るわ。

んじゃあなチビども。あんまりはしゃぎすぎて姉さんたちを困らせるんじゃねえぞ」

「「はーい」」

子猫たちの大合唱を受けたフランシスは苦笑。そのままケルピーやスタッフたちに挨拶すると、部屋を出て行った。




―――西暦二〇四四年。初の人類製第三世代型神格が完成する二年前、人類製神格が初めて実戦投入される八年前の出来事。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る