厚顔の美少年

「ねえ。僕ってやっぱり、みんなに嫌われてるのかなあ」


【イギリス イングランドコッツウォルズ地方 捕虜収容所】


えらく年配の神だった。

羽毛が随分と抜け落ち、痩躯の上から地球のカジュアルな服装に身を包んだこのは捕虜収容所における最年長。もっとも、が来るまであと百年はかかるだろうが。

彼の家の前に置かれた手製のベンチに座ったグ=ラスは、ごくごくと出された紅茶を飲んでいる。ちなみに沸かした牛乳で煮出したえらく濃ゆい紅茶である。老人曰くシベリアの凍土で知った淹れ方だとかなんとか。

「ほっほっほ。安心せい。お前さんは嫌われてはおらんよ」

「そっかなあ」

天気は快晴。周囲の荒野は風邪で草が揺れている。収容所の中でも外れの方に位置するここに、グ=ラスはよく訪れた。老人が菓子と紅茶を出してくれるからである。

「嫌われているとしたらワシらじゃよ。人間たちには恨まれるようなことを散々したからの。ワシだけじゃあない。お前さん以外のここにいる全員が、じゃ。

お前さんはそのとばっちりを受けておるだけじゃて」

「お父さんやお母さんも恨まれることをしたの?」

「うむ。この世界にいる同胞たちで、人間に恨まれておらん者はいない。お前さんを除いて。お前さんはワシらみんなが人間たちに捕まって、悪さ出来んようにされた後に生まれた子じゃからの」

「悪さって、戦争?」

「おう。戦争じゃ。実感が湧かんか?」

「うん」

グ=ラスは正直に答えた。彼が知る戦争とは言葉で聞いたものかコミックスで読んだもの、教科書に載っているもの。後はテレビで毎年のように流れてくる戦争に関するニュースだった。あまりショッキングな内容については見聞きする機会がない。

「そうじゃなあ。例えばお前さんが工作で指を切ったとする。どばどばと血が出る。痛いじゃろ?」

「うん」

過去に工作で怪我をしたことを思い出すグ=ラス。あれは痛かった。保健室ですぐ止血してもらったら数日で元通りに治ったが。神は治癒力も人間より強化されている。

「誰かに切られて怪我をしたら、相手は嫌いにならんか」

「…なるかも」

「指どころか、腕や足を丸ごと切られたらもっと痛い。どころか、もう生えてこない」

「生えてこないの?」

「うむ。人間だってワシらだってな。ここのゲートの所や村で機械の手足をつけた人間を見るじゃろ?あれはワシらの仲間の誰かにちょん切られたんじゃよ。大砲で吹き飛んだのか銃撃かミサイルか。神格か。もっと別の手段か。そこまでは分からんが」

「……」

「もっとひどい事もしておる。例えばお前さん、お母上がどこかに連れていかれてもう帰ってこなくなったらどうなるね」

「凄くやだよ」

「人間は誰もが大切なひとを連れていかれた。あるいはもっとひどい事をされた。全員が、じゃ。

わしらによってな」

「酷い」

「そう。酷いことをワシらみんながした。お前さんも人間からするとその仲間と言う事じゃな。

じゃが、勘違いしてはいかんぞ。悪さをしたのはワシらであってお前さんじゃあない。グ=ラスよ」

「うん」

「人間が何か言ってきたら、ワシらのせいにするんじゃ。事実そうじゃからな。連中が嫌っておるのは"神々"であって"グ=ラス"ではない。自分は違うと言い張れ。面の皮を厚くせい。いっそワシらみんなを軽蔑して生きていけ。その方が楽じゃ」

「……じいちゃんやお母さんを悪者になんかできないよ」

少年の返答に、老人は微笑んだ。鳥相の口元を歪ませるという形で。

「ほんに、いい子に育ったのう」

「そっかなあ……」

「そうじゃとも。さ。そいつを飲んだら家にお帰り。お母上が心配しておるぞ」

「はあい」

紅茶を飲み終わり、とてとてと走って帰っていく少年の背中。それが見えなくなるまで。老人はずっと座っていた。




―――西暦二〇四四年。遺伝子戦争終結から二十六年、グ=ラスが神々として初めて人類の士官学校の門を叩く九年前の出来事。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る