少女の証言

「彼らは最後の瞬間まで人間を大切にするでしょう。我々が家畜を育て、屠殺とさつし、食卓に供するまでが厳重であるように」


【西暦二〇一六年四月二十二日午後十一時 東京都 国会議事堂】


「テクノロジーの進歩は、戦争を割の合わないものとしました。少なくとも私達はそう思っていた。冷戦を終え、これからは小規模な非対称戦が主流になっていくと。実際は違いました。いえ。彼らにとっては戦争という意識すらないでしょう。何しろ彼らは―――“神々”は、恒星間水準の文明なのだから。まさしく神のごとき力を持つ存在と呼んでいいでしょう」

志織は周囲を見回した。国会議事堂。自分を取り囲むように座っているのは、現時点でも生き残っていてこの場所まで来ることのできた議員たち。一ヶ月前まで自分がここに立つことなど夢にも思わなかった。しかし今は違う。人類の命運が自分の双肩にかかっている。

「彼らは自ら神々と名乗っている。我々と接触する以前から。しかし彼らは神ではありません。少々姿が異なるだけの、異世界生まれのに過ぎません。その呼び名は、人類が自らを霊長類と呼ぶのと同程度の意味合いしかありませんでした。今回の戦いが画策されるまでは」

敵は強大だ。自分ひとりの力では対抗などできぬ。伝えなければならない。議員たちにだけではない。この生中継を通して、全人類に。すでに自分の知る全ての情報はネットを通して伝えた。しかしそれはデータに過ぎぬし、あまりにも膨大だった。要約が必要だ。神々が混乱から立ち直り人類の情報網を破壊し尽くす前に、この危機感を共有せねばならない。一人の人間としての言葉でもって。この場を用意してくれた全ての人に感謝したかった。神戸での戦闘から、まだ半日しか経ってはいないというのに。

体にピッタリとフィットした、神格用の戦闘服。昼間に死闘を制した時のままの姿で志織は語る。

「神々の目的は種族の存続です。彼らは滅びの危機に瀕している。星の生態系は死に絶え、彼ら自身も急速な少子化によって後千四百年以内には文明が消滅することが確実視されています。付け加えるならば、彼らの個々の寿命は千年近い。我々人類にとっては遠大な時間ですが、人間の人生に当てはめれば百年後に人類が滅亡するのが確実、と言い換えていいでしょう。それを阻止するために彼らは、地球に目を付けました。第一の目的は、人類の家畜化です。彼らは古くなった肉体を脱ぎ捨て、人間の体に乗り換えることで自らの寿命を延ばそうとしているんです。神々ひとりひとりが不老不死になれば、種全体の滅亡もずっと先送りにできる。実際には事故や暴力で徐々に数を減らしていくにしても。それだけの時間が稼げれば、失われた繁殖力を蘇らせることもできるかもしれません」

話している内容はここに来るまでに考えた。友人とも相談した。それでも、先日まで女子高生だっただけの人間には荷が重すぎる。人前で喋ったことなど、天文学部で部長をした経験くらいしかない。今自分が語りかけている相手はその何百万倍いるのだろう?

「不幸なことに、神々は既に必要最低限の個体数の人間を確保し終えました。連れ去られた人々は神々の世界に放牧されることになるでしょう。まるで羊や牛のように。産めよ増やせよ地に満ちよ。というわけです。そのための土地は既に準備されています。現在はまだ、門ごとの捕虜収容所に囚われていますが」

脳内無線機を、あらかじめ用意されていた無線LANに接続。機器を立ち上げる。中央に設置されていたモニターに、画面が映し出される。

それは、驚くほどに広大な敷地に設けられた無数の建築物だった。さほど高度な技術を用いられているようには見えない。それで足りるのだろう。捕らえた人間を生かしておくだけならば。

「人間の出生数はいくつかの要因によって著しく増加します。飢餓。女子教育の抑制。そういったものをコントロールすれば、人間をいとも容易く増加させることができる。簡単なことです。文明を奪い、数十人。数百人程度のコミュニティに分断してやるだけでいい。異なる言語と文化を持つ人々を混ぜてやればなお効果的です。衰退と進歩は同時に訪れます。少なくとも我々、人類は。そこから進歩だけを取り除いてやればいい。たちまちテクノロジーは失われるでしょう。多くの人々の協力がなければ高度な文明の産物は維持できません。石の槍は一人の職人が作り出す事ができますが、トースターなら何万人。原子力発電所は何百万という人々が助け合わなければ作ることはできないからです。いえ。作るどころか知識の共有も不可能になります。たちまち不正確な伝承ばかりが残ることになるでしょう。それもわずか一、二世代の間に。文字だって簡単に消してしまえます。神々にとっては大した時間ではない。そのうえで、神格。あの巨大な、宙に浮かぶ神像が降り立てばどうなるでしょう?文明を失った人々の子孫は、素朴にそれを神として崇めるでしょう。実際には自分たち同様の人間の脳を用いて制御されただけの機械である、と言われても理解できないに違いありません。あれは実際にそのような効果をも狙った兵器です。現在の我々人類にとっても、同様の効果を発揮していましたが」

用意されていたボトルタイプのアルミ缶に口をつける。中身はブラックのコーヒーだった。微糖のほうが好みだが顔には出さない。そもそも味を感じる余裕がない。こんな状況だからこれしか手配できなかったのかもしれないが。

「神々は人間の尊厳など気にも留めていません。しかし彼らに悪意はありません。それどころか環境に配慮している、とすら考えています。圧倒的な力の差を見せつけ、ほどほどに手加減することで、人類の過剰反応で地球が台無しになってしまわないよう気を配っている。まるで人類が農地を管理し害獣を適度な数まで抑制するように。言わば自然との共存を掲げているようなもの。必要なだけ地球から分けてもらう、程度の考えです。実際には、彼らが去った後に残されるのは荒廃した地球と、そして瀕死となった人類文明だけなのは現在の混乱を見れば明らかですが。

見てください。私を。先月高校を卒業したばかりの、ただの女の子です。それが洗脳され、破壊兵器に作り変えられました。私だけじゃあない。たくさんの人々が何十年もかけてあちらの世界へ連れ去られ、あるいは門開通時に確保された捕虜の中から選ばれ、人を支配し弾圧するための機械に作り替えられた。残念ながら、彼らを助ける方法は分かりません。そして、それ以上に多くの人々がこれから肉体を奪われるでしょう。パソコンのハードディスクをフォーマットするように、脳の中の全ての記憶と人格を消され、神々のそれを上書きされる。体も神々の扱いやすいよう、作り変えられます。

これを見てください」

モニターの映像が切り替わる。そこにいたのは、一人の若い女性だった。一見何の変哲もない、しかし両の眼球が黒く染色された姿は一種の恐怖を掻き立てる。

「この子の名前は天野光。私の友達です。いや。友達だった。今はもう違います。目を見てください。識別用に黒く染色されています。彼女にはもうひとかけらの人間の心も残ってはいません。神々によって、肉体を乗っ取られたからです。光は死んだんです。

彼女は最初の犠牲者のひとりにすぎません。神々は減少傾向にありますが、それでも数百億という数がいます。相応の数の老人や病者も。需要にこたえるためにも、なりふり構わず人間を増やそうとするはずです。それも安価に。

最終的には、何百億人と言う人間が家畜のように生まれ、そして消費されることになるんです。人類の人口はこの二百年で十億から七十億にまで増えました。神々の管理下においてはそれをはるかに上回るペースになるでしょう。

阻止しなければなりません。

神々はまだ門を閉じることはできません。第二の目的。荒廃した大地を蘇らせる、この世界の生態系の遺伝子資源を運び終えていないからです。同じ理由で生化学兵器や大量破壊兵器を用いることもできません。生態系を台無しにするわけにはいかないからです。そこが隙になります。神々の力は強大ですが無敵ではない。

彼らを叩ける機会は今しかありません。そして、連れ去れた人々を救出するんです。困難な道です。ですが、やらねば将来の何百億人が家畜として殺されるんです。

私はこの人たちを助けたい。賢明な判断を、お願いします」

人類史上初めて巨神を撃破した少女は、深々と頭を下げた。

全人類が、その様子を目の当たりとしていた。




【西暦二〇四二年 埼玉県 県立高校教室】


「今のは二〇一六年四月二十二日。門が初めて破壊された日の晩に放送された映像だ。当時、多くの人がこれを生中継で見ていたんだよ」

刀祢は教室を見回した。終戦・開戦の日の双方を前にした、全校を挙げての歴史及び人権学習である。

隣同士で話をしている者もあれば、真剣に聞いている者もいる。

「先生も見てたんですか?」

「残念ながら見てない。当時、神戸から離れようとしているところでね。徒歩で静岡まで行く途中だったんだよ。結局、一部始終を見たのは戦後になってからだ。みんなと同じでね」

当時を思い出す。刀祢は徒歩で神戸から静岡までを縦断したのだ。それも、混乱する市街地を避けて。文明と隔絶した冒険も、あの戦争の渦中にあっては良い方の部類の思い出に入る。

「それでも概要はすぐに知る事になった。とんでもない事が始まるぞ、ってなったよ。彼女は―――焔光院志織さんは、この証言の後、すぐに自衛隊への入隊希望書にサインした。今日の映像では長くなるからカットしたけどね。有名な話だ。その直後に大阪戦役が始まったから、結果的に僕が神戸から離れようとしていたのは正解だったってことにはなるか。おかげで巻き込まれずに済んだ」

大阪戦役の主な舞台となった阪神間から大阪港に至る範囲はほぼ壊滅状態となった。逃げ遅れた住民も多数犠牲になったという。当時すでにあの地域に集結しつつあった、陸自を主力とする部隊は神々の軍勢と死闘を繰り広げたのである。

激戦の末、志織を含む自衛隊は勝利をおさめる。それは遺伝子戦争初期の最も偉大な勝利の一つとも言われた。

「この証言は多くの国と人を動かした。全人類を一つにしたと言ってもいい。人類史上初めて単なる多国籍軍ではない、真の意味での国連軍が結成されたのも彼女の言葉があったからだ。

けれど、神々は強かった。強すぎた。人類は門を閉じるのが精一杯で、連れ去られた人々を助けるなんてことは不可能だった。彼らは目的をほぼ果たしたと言われている。

あちらの世界では、証言がまさに現実のものとなっているだろう」

燈火や母はどうしているだろうか。分からない。もう知ることは叶わないだろう。

「さ。そろそろまとめとしようか。書けたものからレポート提出」

「「はーい」」

端末に向かう生徒たち。それを刀弥は、優しく見つめていた。




―――西暦二〇四二年。焔光院志織の証言より二十六年目、都築燈火が門を開く十年前の出来事。

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