しょうもない情報があふれる理由
「ネットには質の低い情報が溢れている。その原因となる脆弱性はアルゴリズムや情報操作を目論むものにとって格好の攻撃目標になるんだ」
【埼玉県 県立高校】
「二〇一九年八月、復興途上だったニューヨーク市街で銃声を聞いた人々が走って逃げ始めた。他の人々もそれに続き、銃撃だと叫ぶ人もいた。実際にはこれはただのエンジンのバックファイアーだったわけだが、逃げ出した人々の行動は賢明だったと言えるだろう。本当に銃声だった時の危険を考えれば、十分に割に合う。大抵の護身術もまずこれを前提に置いている。魚や鳥の群れと同じく、人間は群衆の情報を利用して適切な行動を推測する」
刀祢は教室を見回した。情報
「こうした社会的同調性は様々な面でみられる。二〇〇六年にコロンビア大で行われた研究では、他人がどんな曲をダウンロードしているか知っている状況では自分も同じ曲をダウンロードする、と言う事実が判明した。
加えて、同じグループの人の好みは分かるが別のグループに関する情報が得られないよう隔離した場合、それぞれの集団の好みは急速に分かれた。逆に他人の好みを誰も知らない時は、比較的安定した好みのままだった。これは、社会的集団は個人の好みを超えるほどに強い同調圧力を生むという事実を示している。いわゆる内輪グループで馬鹿なことをやらかすのもこれで説明がつく。うちのクラスには覚えのあるやつはいない、と信じているが」
教室内を一瞥。クローズドな集団というのはすぐにできるし、発見するのは難しい。戦前の野放図な状態と比べれば教員が管理するべき範囲は非常に縮小されているが、それでも厄介ごとの芽はそこら中にある。
「この辺はソーシャルメディアも同じだ。現代の情報はあまりに多すぎて精査されないから、シェアの多い記事は斜め読みして特に考えもせずにシェアする。と言った覚えはみんなあると思う。情報の質と人気は関係ないんだがな。他に、仲間からの情報、自分の認識を補強する情報を偏重する。こういった性質を突けば、ネットワークで虚偽の情報を蔓延させることは簡単だ。フェイクニュースの広まる理由は情報過多なんだよ。
こいつは厄介なことだ。悪意のある者が、人間の脆弱性に付け込むことを可能にするからだ。そして人間に対して悪意を持っている者が、同じ人間だけであるとは限らない」
手元のメモをめくる。タブレット端末も授業で使うが、刀祢はこのようなメモを確認の際には好んだ。端末ならば床に叩きつけるだけで壊れるし電源も必要だが、メモ帳にはその心配はない。
「遺伝子戦争では神々の攻撃はインターネットにまで及んだことが判明している。と言っても物理的な破壊というわけじゃあない。社会に対して有害な情報を多数流したんだ。AIやbot。人力で行われたものもある。ソーシャルメディアや検索サイトなんかを中心に、虚偽の物語やデマ、フェイクニュースをたくさん。それは彼らの戦略の補強として使われたんだ。"神"を演出する、と言うね。
神戸の門が破壊されるまで、人類の情報網がほとんど攻撃されなかったのはこれが最大の理由だ。彼らは人類の混乱を増幅させようとしていたんだよ」
これこそが、情報リテラシーに関する授業が補強された最大の理由だった。刀祢たちのような情報の授業を担当する教員は、この戦いの最前線にいるのだ。人類ひとりひとりを守る情報戦の最前線に。
「っと。そろそろ時間かな。じゃあこれで終わりにしよう」
刀祢の言に、生徒たちが元気よく反応。休憩時間となった。
―――西暦二〇四二年。都築刀祢が教員となって十五年、人類が初めて地球外勢力による情報的攻撃にさらされてから二十六年目の出来事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます