海辺の街

「畜生め。我が物顔で飛んで行きやがる」


【西暦二〇一八年三月 樹海の惑星北半球側 海辺の開拓地】


高空を、青ざめた巨体が飛び去っていく。

ジュリオは手で陽光を遮りながら、それを見上げていた。

神格に見下ろされるのには未だに慣れない。二年間、ほんの二か月前までは奴らと死闘を繰り広げていたのだから当然であろう。ドキッとする。もちろんモニカや、EUの英雄"ジークフリート"は別にしても。

ジュリオは周囲を見回した。

海辺に広がっているのは開墾されつつある荒野。耕され、畝が形作られているのだ。その向こう、丘陵にまで迫っているのは透明な葉を持つ不思議な木々からなる森林である。ここは、樹海のほとりにある開拓地だった。

そして、農具を手に汗水流して働く人々。

ジュリオが連れてこられた時、既にここには人間がいた。開戦―――いつしか神々と人類、両陣営の間で遺伝子戦争と呼ばれるようになった戦いの当初から連れてこられた人々。ジュリオのような軍人。今はまだわずかだが、ここで生まれた幼子たち。様々なひとが、この土地にはいた。神々への認識も様々だ。複数の捕虜を迎え、多くの情報を共有した現在奴らが真に"神"だと信じている者は少数だが、神格を連れた神々にはいずれにせよ逆らえない。眷属一体を撃破するだけでも、駆逐艦か重火器を装備した大部隊が必要になるのだから。

そういった人々がここだけで数百人、農作業に従事している。食っていくためだった。神々は捕虜を各地に分散させて土地を与え、自活させようとしているのだ。今はまだ食料や衣類、医薬品。予防接種と言った様々な供給が続いているが。

億近い人数を養うのは容易なことではない。だから神々は、自分たちの世界で人類を放牧したのだ。人間が自ら個体数を維持できるように管理しながら。

もちろん異星である。農作業に従事したことのない人間も多い。与えられた畜獣や作物の種子。苗。そういったものが根付くのかも未知数だった。既にこの一帯は、ある程度土壌が地球の微生物類で再生されているらしいが。

どちらにせよ、人類に逃げ場はない。世界のどこにも。このような開墾地以外は生態系が死滅しつつある真の荒野である。樹海に入っても野垂れ死ぬだけだろう。地球の救援も期待できない。門を閉じるだけで精いっぱいだからだ。そろそろ最後の大攻勢が行われているやもしれぬ。

ジュリオは知っていた。人間が家畜としてこの世界へと連れてこられたという事実を。医療資源として。兵器の素体として。ひょっとすれば、大地を再生する役目の一部も担わせるつもりかもしれぬ。このような、生存のための行為を通して。

多くの子供が奪われ、殺されるだろう。多産となるよう圧がかけられるだろう。

それでも。

この世界で生きていくより他はないのだ。

思索を打ち切ると、仕事を再開する。家を建てるのだ。神々が用意したあばら家同然のものではない。故郷のような、石を用いた家を。寒冷なこの地に合わせて壁を分厚くしよう。暖かく過ごせるよう快適に建てよう。神々に支配されているとしても、打ちひしがれて生き永らえるなど御免だった。

ジュリオは、石を持ち上げた。



【西暦二〇四二年 エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家農園】


岩が、ふよふよと浮いていた。

たくさんの石を持ち上げているのは分子運動制御。ペレによって運ばれたそれらは、身振り手振りで指示された先に積み上がっていく。

やがて最後のひとつが所定の場所に収まり、石垣の修繕は終わった。

「ご苦労さん」

ニコラはペレを労った。毎年の事だが家に神格がいてくれると大変助かる。農作業でもこのような工事でも大活躍だ。世間一般からすると大変贅沢な使い方だろうが。

「〜〜〜!」

「おうおう。休憩にするか」

周囲で作業していた家族たちにも声をかける。家へ戻る道を進む。

「なあ」

「?」

「俺は、ペレちゃんがうちに来てくれて良かったと思ってる。みいんな感謝してる」

言葉は通じていないが、意図は伝わっている。そう信じてニコラは続けた。

「ジュリオがいなくなって家族の中にぽっかりと空いた穴を、ペレちゃんは埋めてくれたんだ。この二十年、ずっとな。

だからよ。ありがとうな」

ペレの返事は、満面の笑みだった。

そのまま、皆は家に戻った。




―――西暦二〇四二年。ジュリオ・ベルッチが神々の捕虜となって二十四年、フランソワーズ・ベルッチが誕生した年の出来事。

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