聖人達の夜

「おばちゃんのことは大好きだよ。だって、僕を見ても顔をしかめたりしないもの」


【イギリス イングランドコッツウォルズ地方】


夕暮れ時。

道という道におばけが溢れていた。頭からシーツを被っただけの姿や、ローブにとんがり帽子の魔女、宇宙飛行士の格好をした者までいる。

子供たちの仮装であった。

ハロウィーン。ケルト人の年末行事に端を発するこの祭日は、夏の終わりを意味し、冬の始まりでもあり、この世とあの世の境界が曖昧となる。あの世からあふれ出してきた妖精や悪霊。魔女。死者の魂。そういったものをもてなし、あるいは退けるお祭りである。

イギリスでは11歳未満の子供は外出に保護者の同伴がいるから、いずれも大人と一緒であった。これら同伴者は仮装している者もいればそうでないものも見られる。

そんな中目立っていたのは驚くほど精巧な生首の蝋細工を脇に抱え、甲冑を身に着けた首なし騎士デュラハンと、それに手を引かれたカボチャ頭のジャック・オー・ランタンというコンビ。

「おばちゃん、凄いね」

「ああ?まあな」

デュラハンに扮したフランシスは、よくよく見れば持ち主の顔そっくりな生首を掲げながらカボチャ頭に答えた。精巧な仮装は富豪ならではの財力の賜物である。忙しくなければ自分で作ったろう。仮装のモチーフの関係で無茶苦茶動きにくいが。何しろ本来頭があるところまで肩の高さをかさ上げしてあった。

一方、カボチャ頭を被ったグ=ラスは、周囲の幻想的な光景に目を奪われていた。

「いっぱい」

「まあそうだなあ。年に一度のお祭りだからな」

村のいたるところでカボチャをくりぬいたランタンが灯され、コウモリの装飾が施され、おばけが歩き回る光景。

しばしその様子に見入っていたふたりは、ゆっくりと道を歩き始めた。

グ=ラスは、隣を歩く人物を見やった。

たまにうちまでやって来ては、こうしてお祭りに連れて来てくれたりプレゼントをくれる人間の女性。何者なのかがまだ幼い少年にはよくわからなかったが、それでもこの銀髪のひとのことは大好きだった。

「おばちゃんは、お母さんと仲良しだね」

「そうか?」

「ちがうの?」

「うーん。まあ仲良しと言うのとは違う。……と思う」

「ふーん。でもいつもにこにこしてる」

「まあなあ」

「おばちゃん、だいすき」

「ありがとよ」

やがて、ハロウィンの飾り付けがなされた家のひとつに到着。保護者に促された少年は、籠を手に家のドアを叩いた。

お菓子をくれないといたずらするよ!トリック・オア・トリート!

顔を出したのは家の住人。人の好さそうな老婆が、はいはい、とお菓子を籠に入れてくれる。

「ありがとう!」

「元気だねえ」

カボチャ頭で鳥相を隠した神の子供に対して、老婆は惜しみのない笑顔を浮かべた。

走ってフランシスの所まで戻ったグ=ラスは、戦果を掲げた。

「貰ったよ!」

「ああ」

ハロウィーンでは仮装した子供たちが家々を回り、お菓子を貰うのが通例である。なお、暗黙の了解としてハロウィーンの飾りつけをしていない家に行ってはいけないというものがあった。あくまでもハロウィーンは自由参加である。

その後もふたりは家々を回り、籠はお菓子でいっぱいとなった。

「ハロウィーンっていいね」

「楽しかったか」

「うん。だって大人が僕を見て、顔をしかめないもの」

「……」

フランシスの様子に、少年は気付かなかった。

今日だけは種族の別はない。村を練り歩くのは人間ではなく魔女。悪霊。吸血鬼。狼男。フランケンシュタインの怪物。悪魔。

そして、神々。

秋が終わりをつげ、冬が始まる。1年が区切られ、死者が家々を訪れる日。

人ならざるものどものための祭典。

それがハロウィーンであるから。

堂々と姿を隠して外に出たのは、少年にとっては初めての経験だろう。それは偏見の目に晒されない初めての外出でもあったはずだった。

「来年もこれるかな」

「ああ。毎年ハロウィーンはやってくる。好きなだけ参加すりゃいい」

「うん」

やがて夜が更け始めた頃。ふたりは迎えの自動車に乗り、そして帰途に就いた。




―――西暦二〇四一年十月末。古代ケルトの祭日がハロウィーンと呼ばれるようになって三百年、再び門が開かれる十一年前の出来事。

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