害獣大乱闘
「うさぎさん!うさぎさん!!」
【イギリス イングランドコッツウォルズ地方 捕虜収容所集会所】
テレビの前で鳥相の男の子が、うきうきしながら座っていた。これから始まる番組待ちである。
既に夕刻であった。
捕虜収容所は基本的に消灯時間が決まっているが、事前に申請を出した場合はその限りではない。特に、ファミリー向け映画のテレビ放送があると分かっている晩ならすんなりと延長許可は下りる。
既に夕食を終え、入浴と歯磨きも完璧なグ=ラスは両親に挟まれながらワクワクしていた。放映されるのは著名な絵本の物語を原作とする、ウサギを主人公とした実写映画である。2015年には企画が動き出していたが遺伝子戦争で一度頓挫。戦後、関係者の働きもあって公開にまで漕ぎつけたという曰くつきの映画である。
集会所の各所には一家のほかにも何名もの神々が思い思いの格好でくつろいでいた。収容所は娯楽が少ないから、こういう時はみんなで見るのがもはやここの文化だ。
やがて映画が始まる。舞台は湖水地方。畑の作物を狙うウサギたちと、自宅の畑を守ろうとする老人との死闘が始まった。
歓声を上げる息子の様子に両親は微笑んだ。
「この百年で、人類の映画もかなり発展した」
ドワ=ソグは懐かしそうに呟いた。画面に夢中な息子の邪魔にならないよう、小さな声で。
それを耳ざとく聞きつけたのはムウ=ナ。
「これなんて、私たちのものともうそれほど変わらない水準だものね。十分な芸術だわ」
「まったくだ。
これも、はじめの頃は稚拙だった。サイレント映画。ごく初期のアニメーション。ニュース映画。映像の撮影方法も手探りだったんだ。アングル。演出。光源。ストーリー。セリフ回し。時を経るにつれてそれらの技術は蓄積し、より優れた作品が生み出されるようになった。目の肥えていた私たちの鑑賞に堪えられる水準になるまではあっという間だった」
先の戦争では、神々が略奪した対象は遺伝子資源や人類だけではない。様々な文化財。映像作品。歴史的記念物。書籍。ありとあらゆるものが、時に個人によって。時に組織的に略奪されていった。映画もその中のひとつだ。そもそもが、地球の調査の過程で人類が生み出した様々な芸術や映像作品が知られ、神々の世界に紹介された、と言う事情もある。ドワ=ソグ自身、過去の調査中に様々な映像に触れる機会があった。人類の映画史の生き証人とも言えよう。
言葉を交わす間にも、モニターの中では老人が急死。その遺産相続者である若者に焦点が移る。
「うさぎさんの知性強化動物、げんき」
やがて訪れたCMの時間に、グ=ラスが呟いたのはそれだった。
「あれは知性強化動物じゃあない、かな」
「でも服を着てるよ」
両親は苦笑。現実に喋る生き物に満ち溢れた現代の地球では、確かに服を着て知性を持ったウサギは知性強化動物と間違えられても不思議ではない。グ=ラスがその辺の区別をつけられるようになるまで、もうしばらくの時間が必要だろう。
そうこうしている間にも映画は再開。ウサギを愛する女性と若者とのロマンス。ウサギたちと若者との攻防。すれ違い。
クライマックスを経て、結ばれる若者たちと祝福するウサギたち。
まだ六歳の少年は、最後までそれをしっかりと見ていた。
「楽しかったか?」
「うん!」
「じゃあ、今日はもう寝よう。さ。母さんと先にお帰り」
「はーい」
他の者たちも帰っていく中、ドワ=ソグは妻子を見送ると、テレビ。そして集会所の電源を落とし、自らも自宅へと戻った。
―――西暦二〇四一年。映画が出現して一四六年、戦争が映像として記録された二つ目の世紀の出来事。
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