遺伝子を残す上手なやり方

「家族の形と言うのは複雑なものだ。それに単一の役割を求めるのは間違っている」


【埼玉県 都築家近辺の家電量販店 玩具売り場】


「わ。これはるなおばちゃんじゃない?」

「どれどれ。……ミリタリープラモの棚にも巨神が並ぶ時代か」

息子がかじりついているジオラマに刀祢は苦笑した。ショーウィンドウの中では戦闘車両やビルディングの模型と組み合わさって、巨大人型兵器―――というか巨大獣人型兵器がでーん。と並んでいるのである。スケールがバラバラなのはうまく配置でごまかしてあるあたり、店員はなかなか上手い。たしかに九尾は自衛隊が正式に採用している兵器だからミリタリープラモデルとして並んでいてもおかしくはないが。むしろプラモデルとしてみた場合作りやすい側面はあるかもしれない。巨神は基本的に均一だ。精巧な彫像のように見える姿をしているが、色は一色なのである。九尾特有の透き通ったオレンジ色がクリアカラーで再現されていた。

「ねえ。父さん。昔はこういうのなかったの?」

「あるにはあった。巨神はなかったけど、戦車とか戦闘機とか軍艦とか。後は巨大ロボットのプラモデルも昔からあったな」

「ふうん」

店内のプラモデルをじっと見ているのは相火だけではない。手を引いてやっている娘も、色々と視線を泳がせている。

大型の家電量販店の玩具売り場であった。そもそもは切れた電球を購入する帰りである。この照明器具は年々高性能化していたが、過去百年同様いまだにその地位を追われてはいない。

「次に生まれるの、弟かな。妹かな」

「さあなあ。もう少し大きくなったら分かるらしいが」

玲子は通院中である。第三子を妊娠したためだ。近いうちに産休を取ることになるだろう。遺伝子戦争以後、日本政府は積極的に子育て支援政策をとってきた。その成果もあってか、人口は徐々に戦前の水準に戻りつつある。

三人は、店内をゆっくりとめぐった。

掃除機。洗濯機。端末類。プリンター。昔ながらの機械に交じってロボットやスマート家電と言ったものも散見される。

大画面のテレビが並ぶ前で、相火は足を止めた。刀祢と娘もそれに続く。

やっていたのはニュース番組。ちょうどと言うべきか、ここ二十年ほどの人口と出生率に関する内容である。

「ねえ。日本って人がとっても減っちゃったから、増やそうとしてるんだよね」

「そうだなあ。そういう面はあるな」

「知性強化動物と人間の結婚ができるようになったのってなんで?子供生まれないよね」

刀祢は当時の状況を思い返した。間近で見ていたのでその辺は今でも覚えている。ついでに、はるなとの甘酸っぱい思い出についても。

「まず知性強化動物に、人間と同じ権利を与える。というところからスタートしてたからな。九尾はみんな女の子だ。だからまず男の人と結婚する権利が当然のものとみなされた。普通の女性と同じようにね」

後に同性婚が合法化されたときには、九尾たち知性強化動物にも同様の権利が認められている。ちなみに選挙権も同様に与えられていた。投票権は防衛大学校を卒業した四歳の時に。被選挙権も一応あるはずだが、こちらは人間と同様の年齢制限があるので二十一歳の九尾たちはまだ持っていないはずである。もっとも、彼女らには職務専念義務があるから、被選挙権を行使する機会は訪れないだろうが。少なくとも当面の間は。

「それに知性強化動物は数が少ない。今でも全世界で一万ちょっとしかいないからね。人間との結婚を認めたって、出生率には影響しないよ」

「ふーん」

「もっとも、子供が産めなくても出生に貢献することはできる。昔から人類は、家族で子育てをしてきた。出産能力の衰えた祖父母。両親の兄弟。先に生まれたお兄ちゃんやお姉ちゃんも子育てを手伝う。子供を残す能力のないような人でも、兄弟の出産と子育てを手伝うことで自分の関わる遺伝子を残す事ができた。自分の血縁の遺伝子をね」

「自分のじゃなくていいんだ」

「似たような例だとアリがあるな。働きアリは自分で子孫を残す事ができないが、女王アリと親子関係にある。親を手伝って繁殖を助ければ、自分の遺伝子を残せるんだよ」

「なるほどなあ」

「人間の場合だと、例えば男性の2%程度は同性愛者として生まれる。これも全体の繁殖には有利になる性質なんだな。積極的に子孫を残そうとすると過度な争いを招くが、メスの性質を持つことでそれを回避できる。他と協調して育児に積極的に参加できるわけだ。チンパンジーの群れに女性化したオスを入れると群れの協調性が増したという研究もある」

テレビの前から離れる。エレベータから屋上の駐車場へ。こういうところの建物のレイアウトは今も大して変わらない。

「話が脱線したな。結婚の話に戻ろう。

これは、そもそも知性強化動物に家族を作る権利を認めよう。って言う話だったんだよ」

「家族?」

「そうだ。家族でないと色々不便なこともある。冠婚葬祭。財産。大事な人が病気で入院しても、家族なら面会できるのに他人だとできなかったりする。結婚は他人と家族になるための方法だからね」

「そっか」

もう十年は前になるが、ドイツで初めて人間と知性強化動物の婚姻が発表されたときには大きな反響を呼んだものだった。人間の側が遺伝子戦争の英雄、人類側神格"ジークフリート"だったことも含めて。

多くのカップルがそれに続き、人類もこの。新たな家族の形を祝福した。

会話を続けながらも車までたどり着いた三人。

一家が乗り込むと、自動車は走り出した。




―――西暦二〇四一年。知性強化動物の人権が認められてから二十年、史上初めて知性強化動物と人間の婚姻関係が結ばれてから十二年目の出来事。

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