首が回らない?

「ねえ伯母さん。知性強化動物ってどんどん怪獣みたいになってくの?ジョージよりごっついの、想像つかないんだけど」


【ロンドン ハイウェイ上】


月の前を横切っていくの影を見上げ、メアリーは呟いた。

「うん?そうだなあ。たぶんもっと人に近い形に回帰すると思うぞ。詳しいことはまだなんとも言えねえが」

車上であった。

フランシスとメアリーを乗せた自動車は高速で道路を走っていく。戦前とは異なり基本的に自動運転車ばかりの現在、渋滞はあまり発生しない。社会性昆虫のようにごく単純なルーチンで快適な速度を保つようになっているのだった。

「そもそも第二世代の知性強化動物がああいう姿をしているのは、情報処理能力を向上させるためだ。脳は肉体との相互作用で情報処理する。そして、形はそれ自体が情報処理能力を持ってる。体を動かす事自体が計算なわけだ。いわゆるリザバーコンピューティングという奴だな。

なんなら、バケツの水を揺らしただけでも計算できるんだぞ」

「……どうやって?」

「波を使えばいい。カメラで撮影したそれぞれの波の干渉の点がニューロンの代わりになる」

「うわあ」

メアリーは頭を抱えた。最新科学がとんでもないことになっているのは知っていたがそんなものまで。

そうこうしているうちに差し込んで来たのは曙光。夜明け前にロンドンの家から出てハイウェイに乗ったのである。後数時間もあれば湖水地方に到着するだろう。そこからさらにハイウェイを降りて走らないとメアリーの実家には到着しないのだが。

「生物学的なアプローチで知性強化動物を高性能化するのが第二世代の方法だ。第三世代以降もどんどん新技術は使われてくだろうが、より工学的な技術も組み込まれて行くだろうな。例えば量子系の振る舞い。こいつは単体だと線形だが、外部入力に対しては非線形な応答を返す。生物の肉体なんかよりはるかに細かくて高密度にできる。こいつの一つ一つをニューロンに見立てる事が出来れば、指数関数的に情報処理能力は向上するというわけだ」

「……何倍くらい凄くなるの?」

「第一世代と第二世代の戦闘能力の差は数倍あると言われてる。練度が同等ならだけどな。

じゃあ第三世代だと?」

「もうとんでもなく強い?」

姪の言葉に、フランシスは頷いた。

「第二世代でもだいたいオレたちと同じくらいに強い」

「伯母さん、無茶苦茶強いよね……」

「そうでもない。オレは二十三人の中じゃ真ん中くらいだよ。極端な奴になると眷属撃破数百十四とかになる。確定してるトップでそれだが、推定ではそれを越えてる奴もいる」

「……基本的に伯母さんたちと眷属って同じ神格なんだよね。なんでそんなに差が出るの?」

「知らん。だがまあ理由は想像はつく。神格は真正面からぶつけても強力だが、それ以上にコンパクトな兵器だ。補給も歩兵一人分でいい。巨神に積んでおけば数か月分の物資を一人で運べる。人間と見分けがつかない。神々は決戦兵器と作業用としての運用にこだわったが、そんなんじゃ性能を発揮できねえんだよ。

例えばオレはその気になれば、このままでも周囲何十キロを吹っ飛ばせるし、その後姿をくらませちまえば探し出すのは至難だ。第一世代の知性強化動物が獣人型の外見をしてるのも、それを防ぐ側面があった。万が一反乱を起こして逃げ出したとしてもすぐ見つけられるように、ってな。この二十年で杞憂だったってのははっきりしたが」

会話を続けながらもメアリーが取り出したのは魔法瓶。紙コップに紅茶を注ぎ、フランシスと自分の分を用意する。

「あれ、ああいう姿で無きゃ作れないんだって思ってた」

「第二世代以降の知性強化動物では無理だな。あくまでも第一世代なら一応可能って話だ。尻尾とかその他もろもろの細かい部分は素早い発育のためにもあった方がいいしな」

「言っちゃあなんだけどよく、昔の人は伯母さんたちを自由に行動させてくれたよね……」

「まあ自由っちゃ自由だが、金回りとかは政府が細かくチェックしてくるんだよなあ。面倒くさいが仕方ない。神格が借金で首が回らなくなって犯罪にでも手出ししたら目も当てられないからな。オレは受け取ってないが、他の同族は年金で生活してるやつもいるよ」

「伯母さんもいつかは年金生活する?」

「まあ事業がつまずいたらその時考える」

「不老不死って大変だね。ずっと生活のこと考えないといけないし」

「確かにそうだな……百年二百年先のことなんて、自分が生きてるだろうって事しか分からねえしな」

フランシスはバスケットからサンドイッチを取り出すと、パクリ。飲食不要の人類側神格も、人間社会で生きていくなら金もいるし社会性もいる。自らの巨神の完全に安定した環境ならともかく普通に生活していれば排泄物や汗、呼気などで失われた分の物質の補充もいる。

朝日がその全貌を露わにする中、ふたりを乗せた車は走っていった。




―――西暦二〇四〇年、クリスマスの時期に。知性強化動物が誕生してから二十年、人類側神格らが社会復帰してから二十一年目の出来事。

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