光と増幅

「生命と工学の距離は従来から近かった。科学の発展は、それをより接近させることだろう」


【埼玉県 都築家】


「世の中には暗くても目が見える生き物がいる。例えばヨーロッパアカガエルはごく弱い光でも緑に向かって飛ぶし、コハナバチは夜行性だ。フンコロガシは天の川を頼りにまっすぐに進む。電灯に頼らなくてもな」

暗い室内だった。戸外は嵐。雨戸がガタガタと鳴り、暴風が吹き荒れている。季節外れの台風が上陸しているのだった。遺伝子戦争からこちら、地球全土が毎年のように異常気象に襲われている。戦いと遺伝子資源の奪取による環境破壊。神格をはじめとする超兵器群がまき散らした膨大なエネルギー。山脈が丸ごと吹き飛んだせいで、気象条件ががらりと変わってしまった土地さえある。終戦から二十年あまりが経つ現在でも、地球に刻まれた有形無形の傷跡は消えていなかった。

「これは光を足し合わせているからだ。薄暗いと目に入ってくる光子は少なくなるが、それを増やす工夫をしているんだな。隣の神経細胞にも光子がぶつかったことを教えたり、反応を遅くして十分な光子がぶつかるまで脳に送るのを待ったり。まあ、その分画像がぼんやりするんだが。

―――見えないな。相火。ちょっと照らしてくれ」

「はーい」

タブレットの画面で照らし出されたのは仏壇。その横を刀祢はしばしごそごそとし。

「お。あったあった。これだ」

刀弥が見つけ出したのは蝋燭とマッチである。と言っても蝋燭は仏壇用ではなく、コップ型容器と一体の災害用のものだった。こういうのはよく使うものの傍にあるのが一番だ。すぐに見つけられる。

マッチで点火すると、すぐに蝋燭に火が灯った。

暗い室内がわずかに明るくなる。

「停電、いつ直るかな」

「さあなあ。電力会社の人たち次第だな。さ、点検しておこう」

「うん」

玲子と妹は上の階にいる。この家を買う際は立地も勘案してあるから洪水等の被害は大丈夫だろうが、戸締り等をこれから確認するのだった。

「似たようなものに電波がある。電波も、暗闇でものを見るのと似た仕組みを使っているんだ。

かつて電波に使い道は存在しなかった。その威力はごく弱く、その波長は整っておらず、その方向性は無秩序で、そして何より増幅する手段が存在していなかったからさ。電波が発見された当時の科学者に聞いてみればいい。電波に使い道はありますか?ってね。彼らはこう答えただろう。"こちらが聞きたいくらいだ"と」

蝋燭を頼りに、雨戸や窓を確認していく二人。

「だが現代はどうだろう?レーダー。スマートフォン。自動車のセンサー。地質学の調査から、果ては外宇宙文明の探査に至るまで僕らは電波を使っている。その要因は色々とあるが、根本のところは電波を増幅する手段を手に入れたからだ」

「暗闇で生き物がものを見るのとそっくりだ」

「ああ。そして、一部の生き物は光を増幅するだけじゃない。ノイズを取り除く力ももっている。強い信号だけを通し、弱い信号は取り除くんだな。これでかなり鮮明な画像が見られるんだ。

よし。戸締りはいいな」

「うん」

点検を終えたふたりは、蝋燭を持ったまま2階へ。今晩は一家の皆が最も安全な部屋で寝るのだった。

「生き物って機械みたいだね」

「そりゃあ、同じことをするなら同じ仕組みを発達させた方が効率がいいからなあ。父さんの父さんが昔言ってたよ。機械と生命の垣根はどんどんなくなっていくだろうって」

時折ニュースで流れてくる、生命工学に関する話題もそれを裏付けている。現在各国では、より情報処理能力の向上した生命の開発を進めているともいう。より工学的、機械的な仕組みを高度な生命の生理機能として組み込む研究が進められているのだ。それらが第三世代の知性強化動物として完成するのかどうかは、専門家ではない刀祢にも分からなかったが。

「お母さん。大丈夫だったよ」

「まあ。ご苦労さま、ふたりとも」

相火を笑顔で迎えたのは玲子と妹。相火は布団に飛び込み、そして刀祢も蝋燭を吹き消すと横になった。

「おやすみ」

暗闇の中。やがて、寝息が聞こえ出した。




―――西暦二〇四〇年。初の第三世代型知性強化動物がイギリスで完成する四年前の出来事。

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