口のある植物
「ねえ。僕たちに続く第三世代って、どんな姿になるのかな」
【イタリア共和国カンパニア州ナポリ ゴールドマン宅】
「そうだな。まだ何とも言えないが、例えば北欧では植物の知性化が研究されてる」
ゴールドマンはソファの上から答えた。相手は久しぶりに実家へと戻ってきたドロミテである。この成竜は部屋の隅でとぐろを巻き、日向ぼっこに興じていた。外はまだ寒い。不死身の神格も暖かい部屋でくつろぎもする。
「植物?知性化なんてできるんだ」
「まあね。植物は神経や脳を持たないが、それでも内部で情報伝達を行っている。一つの個体として意思決定を行っているんだ。根から葉やつぼみまで。かなり長い距離を移動する分子群が情報の統御を行っているんだな。どころか樹木はコミュニケーションを取る。例えばアカシアの木はキリンに食べられるのを防ぐために有毒物質を集めるが、離れた仲間に警報ガスという形で情報を伝達する。あるいは森の樹木は接触した根と菌類を媒介として情報のやり取りをするし、樹冠の譲り合いという現象では触れ合う枝葉同士のせめぎ合いの結果、触れ合わないように隙間を形成する。植物には情報処理能力があるんだよ」
「なるほどなあ。
でも、そういうのって遅かったりしないかな」
「もちろん遅いし、運べる情報量もごく限られている。だがここで重要なのは、情報処理のための仕組みを既に持っているという点だな。その役割を担うものを別の仕組みに置き換えてやれば知性化は可能ということでもある。現在社会性昆虫の群体の知性化が試みられてるが、それよりたぶん早く成功するんじゃないかな」
「虫の群れの知性化かあ……」
ドロミテは頭を振った。自分たち第二世代もまだ過渡期だというのは理解していたが、将来の知性強化動物。いや、知性強化生物は一体どんな姿となっているのだろう?
「おそらく知性強化植物も、人間のように歩いたり喋ったり。そういったことができる能力は与えられるはずだ。この辺は昆虫の群体に関しても同様だろう」
「その方が都合がいい?」
ゴールドマンは、ゆっくりと頷いた。
「人間にある程度は似ている方が、成長過程で周囲の真似をしやすい。それは学習においても大きなアドバンテージだ。すぐに育つことが必要な知性強化動物には必須の能力だな」
「木だと手も足も口もないね」
「その通り。それでも知性化は不可能じゃあないとは思うが、必要なコストは大きくなるだろう。人体構造を脱却すると言っても、そういう意味では制約があるのさ」
「なるほどなあ……」
ドロミテは納得するとあくび。これなどもドラゴーネが人間と共有する行動のひとつだろう。
「……眠くなっちゃった」
「おやすみ、ドロミテ」
「うん、おやすみ」
竜は、やがて寝息を立て始めた。
―――西暦二〇三九年。北欧で初の知性強化植物"ユグドラシル"級が誕生する十一年前、ユグドラシルが実戦投入される十三年前の出来事。
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