3という数

「自然数は、現代文明に生きる我々にとってはごく当たり前のものだ。だが、それを獲得するまでの道のりはとても長いものだった」


【イギリス 捕虜収容所 集会所】


幼子が、駒で遊んでいた。

色とりどりなこの玩具は極度に抽象化された人型。いわゆる人型コマミープルであるが、人類製ではなく収容者の有志が端材から作ったものである。なるほどよく見れば、微妙に頭部の形状が鳥っぽい。

カーペットの上に転がりながら幼子が配置していくミープルの並びは様々だ。同じ色でまとまるものもあれば、向きを揃えて一直線なものもある。かと思えば全体をぐちゃぐちゃにしたりもする。

「並び方にだいぶ規則性が出て来たな」

「ええ。色々と試しているみたい」

作業を終えて顔を出したドワ=ソグに、ムウ=ナは頷いた。

子供の大まかな教育方針は収容所の皆の意見が反映されているが、最終的に計画を立てているのはドワ=ソグである。この神々の科学者は幼児教育の専門家ではなかったが、しかし人類研究者の第一人者でありまた、神々と人類の文明を比較する事で文明の形成過程を見出そうとする比較文明学のパイオニアのひとりでもある。そこには幼児教育に関する知識も含まれていた。

「おとうさん。ならべたよ」

幼子が顔を上げると、父親の方を見た。かと思うとミープルを指さしたではないか。

「おお。よくできたな」

「うん」

やり取りを終えると、幼子はミープルに集中。また並べ始める。今度はひとつ、ふたつ、と数えながら。

数を表す言葉数詞実際の個数基数が一致してきたようだ」

「ええ。子供って不思議。私たちが当たり前と思っているものがどういうふうに身について行くのか、こうして見ていないと意識することもないもの」

「確かにそうだ。数という概念はすこぶる不自然なものだからね」

ドワ=ソグは頷くと、近くの椅子に腰かけて水筒を取り出した。更には中身をぐいっと飲む。喉を潤す茶がうまい。

「古い時代の言語には単数。双数。複数。これらの区別を持つものが存在していることが知られている。単数が1つのもの。双数が2つのもの。複数は3つ以上にものに対する語形というわけだ。ひとつふたつたくさん、だな。昔のひとは1と2というふたつの数しか知らなかったんだよ。

3の語源はだから、1や2とは異なる場合が多い。われわれと人類、どちらの文明でもね。例えば地球の3を意味する英語のthree、ドイツ語のdrei、フランス語のtrois、ラテン語のtres。これらの語源はラテン語で「~を越えて」、を意味するtransの語源と同じ「超えたもの」という意味であるという説がある」

「昔はそれで足りていたわけね。じゃあ、3以上の数を数えられるようになったのは、必要だったからかしら」

「その通り。事実、どちらの世界にもひとつふたつたくさん、に相当するものしかない言語は存在している。いずれも消滅の危機に瀕しているというあたりもそっくりだけれどね。これはなかなか3以上の数の概念を獲得するのが難しかったことを意味する。

だが、文化が発展してくるとそうはいかない。より多くのものを数える必要が出てくる。獲物の頭数や木の本数といったね。こういった必要性がストレスとして働いて、自然数の概念が拡張されていったんだ。その過程は様々だったろうが、しかし指や手足の数がそこに大きく影響し合っているのはまず間違いがない」

ムウ=ナは指に目をやった。ミープルで遊んでいる、息子の両手が備えた十本の指を。

「五進法。十進法。二十進法。これらはふたつの世界のどちらにもみられる普遍的な記数法だ。数の概念の成立には、数字や数詞が大きく関わってくる。だから、指は数の形成に大きくかかわってきたのはほぼ間違いないと言えるだろう」

「実感してるわ。今、私たちの目の前でされてるのを見たら納得するしかないもの」

「同感だね」

二柱の神は知っていた。自分たちの息子が。グ=ラスが、ものを数える時に指を折るという事実を。それによって今、ミープルの数を数える、という能力を手に入れたのだという事実を。

ふたりはずっと、我が子の遊ぶ姿を見守っていた。




―――西暦二〇三九年。神々が人類を発見してから一九七年目、グ=ラスが四歳を迎える年の出来事。

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