投射兵器

「科学ってのは奥深いもんや。誰かが解答を見つけ出したと思っても、また新しい謎が現れる」


【硫黄島航空基地】


「さすがに歳かなあ」

小柴博士は背伸びしながら呟いた。仕事柄、硫黄島には年に何度も来るが最近は体がしんどい。もう若くはないからだろうか。

「ここへの移動は堪えますか?」

「まあなあ。年々機材の性能はようなってるが、やっぱり自衛隊の連絡機は疲れるわ。乗り心地よりもそれ以外の性能優先やからしゃあないが」

傍らで応対する少女―――の形をした機械は茫洋とした表情。この、九曜の端末は動きやすい服にヘルメットを被り、腕に「機材」と書かれた腕章をつけていた。

ふたりや他のスタッフがいるのは基地の建物内。

硫黄島航空基地は九尾級開発の頃から神格関連技術の実験場として用いられてきた重要な拠点である。大規模な訓練もここで行われることが多い。陸海空に加えて宇宙でも運用可能な神格の訓練をするにはここは非常に都合がよい。九尾に代わる新たな主力とされる、"玄武"級が航空戦型の能力を与えられている以上はなおさらだった。余談であるが神格が所属している統合自衛隊が"統合"なのは神格が全領域で運用可能なことと無関係ではない。

今日ここに小柴博士らが来たのは玄武のためではない。開発中の兵器の試験のためである。

「しかし、昔は自分がこないな研究することになるなんて思ってへんかったわ」

「小柴博士はどのような未来を思い描かれていたのですか?」

「そやなあ。情報の未解決問題に挑戦してたんやけどなあ。自力で解けてたかどうかは分からん。戦時中、志織さんが公開したデータの整理と翻訳に携ってた時、解こうとしてた証明が載っててえらいショックやったのは覚えとる」

「自分の挑戦が無意味だった、と?」

「まあそうやな。けれどすぐに考えを改めた。自分が問題に取り組んでたから、すぐにその証明の価値が分かったんやってな。当時の科学者はみんなそんな考えやで。それに、神々の科学やって完璧やあらへん。新たな問題がたくさん出てきてなあ。未解明な問題が突きつけられたんや。まあ自分は新しい未解決問題よりも、神格関連技術の方に興味惹かれたからこうしとるんやけどな。なにせ実用的な第二種永久機関やぞ」

「なるほど」

九曜は頷くと、周囲の環境に目をやった。

モニターを前にするスタッフたち。窓の外の青空。電磁ノイズ。波の音。様々な情報が入り込み、統合されていく。

そして、傍らで待機しているいきもの。戦闘服を身にまとい、甲羅のごとき構造を背中に持ち、長い尾と上半身を地面と水平にしてバランスを保ち、甲羅で守られた太い神経系によって小型の脳と補い合い、二本の足で立っているこの知性強化動物の名を玄武。個体名はるかぜは、九曜と共にこの試験に参加するのだった。九曜操る武装の標的として。

「準備はどないかな?」

「大丈夫。行けます」

小柴博士に問われて頷いた"はるかぜ"。彼が親指を立てるのに同期して、遥か遠方。沖合に浮遊する、巨大な亀のごとき暗灰色の像も親指を立てる。

ここから遠隔操作される巨神の様子に不思議な懐かしさを覚えた小柴博士は、スタッフ全員に聞こえるように叫んだ。

「んじゃあ始めましょ。九曜。やってくれ」

「はい」

設置されたモニターに映る別の場所。そこに置かれたコンテナが、霧に包まれた。それはたちどころに密度を増し、そして固体化。巨大な物体へと姿を変える。

直後。そこに浮遊していたのは、幾つもの長大な機械を束ねた構造体。素人目にもそれが武器であろうことは容易に想像の付くだろうデザインである。

ミサイルランチャーだった。

本土に設置された九曜の演算力によって支えられたこの兵器は、厳密にいえばミサイルではない。自己増殖型分子機械の集合体からなる均一の構造は巨神の一形態と言えた。

とは言え、機能的にはミサイルと区別は付かない。そして、今も昔もミサイルから逃れるのは極めて困難である。

「形成完了。いつでも発射できます」

「よし。発射」

「了解。発射します」

ランチャーが備える膨大な熱量がミサイルへと流れ込み、向きが一方向へと束ねられる。巨大な運動エネルギーを得た円筒の構造が、立て続けに射出された。

遠方十キロの地点で待機していた"玄武"。その巨神の視点で射出された兵器を観測していたはるかぜは、ミサイルが接近するのを確認すると加速。回避機動を開始する。

そこへ、ミサイルが喰らいついた。

音速の三十倍で飛翔するこの誘導弾の軌道は自由自在だ。それが四本。

対する玄武の速度は音速の五倍。逃げきれぬ。

円筒は命中すると、その全原子を励起。プラズマと化し、そして"玄武"を電磁波と熱と衝撃波で激しく打ち据える。

暗灰色の巨体が砕け散るまで、ほんの一瞬だった。

それから十数秒経って、ミサイルの衝撃波が到達。対爆・耐衝撃仕様の建築を大きく揺らし、そして消えていく。

「―――やられました。えらいもんを作りましたね」

はるかぜは巨神の維持が不可能になったのを宣言。対する小柴博士は満足そうに頷いた。

「ありがとう、はるかぜ君。九曜もおつかれさん」

この分野の、もはや大家と言える存在になった科学者は、微笑んでいた。

試験は以降も順調に続き、そして無事に終了した。




―――西暦二〇三九年。アメリカで遅延していた第二世代型知性強化動物が誕生した年、第一次門攻防戦に神格用ミサイル兵器が実戦投入される十三年前の出来事。

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