風神雷神
「――――っ!?」
【西暦二〇一七年十一月イングランド北西部 湖水地方】
火山が、降ってきた。
衝撃。轟音。爆風。振動。すべてが同時に来た。地面が波打ち、大気の破裂は全てを薙ぎ払う。
ひっくり返ったマーサの銀髪を、一抱えほどもある石がかすめていった。立ったままならば即死だったろう。
やがて土煙が収まっていくと、落下したものの姿が露わとなる。
―――それは、女神像だった。
神々の尖兵にして従者。かつて人間だったもののなれの果て。
すなわち、神々の眷属たる破壊兵器であった。
地面に半ばめり込んだそいつの頭部は、それだけでちょっとした民家ほどもある。
赤黒い流体で構築された溶岩のごとき女神像が、首を持ち上げた。
顔は見えない。仮面に覆われていたから。唯一空いた二つの穴から覗くのは、目。
双眸に見つめられ、マーサは
マーサが死を覚悟するのと、女神像が腕を伸ばしたのは同時。
大気を砕く、巨大な音が響き渡った。
「―――!?……え」
されどマーサは生きていた。巨神が伸ばした腕は彼女を殺すためではなく、生かすために動いたからである。
自らを包むように広げられた掌。その向こう側に新たなる二柱の姿を認め、ようやくマーサは状況を悟った。
庇ったのだ。この溶岩のごとき巨神は、自分を。
眷属が、立ち上がっていく。いや。これは眷属ではない。人の意思を取り戻した彼女は、虚空から斧を掴み出し―――
衝撃。
次の瞬間、溶岩の女神像と激突していたのもやはり女神像である。腰に剣を帯び、戦衣を身に纏って、甲冑と槍で武装した、純白の巨像だった。
そいつは鍔ぜり合う槍から片手を離すと、溶岩の女神像へと掌を向ける。全身の構成原子が励起し、そして膨大な起電力が集中した。
投射されたのは雷霆。巨大なエネルギーは首を傾けた溶岩の女神像の頭部をかすめ、そして遠方の丘陵に直撃する。
恐ろしいことが起こった。
直撃を受けた丘陵は爆発。巨大な爆風によってその姿が覆い隠されたのである。
それで終わりではなかった。
人智を越えた戦いを真上で繰り広げる二柱の巨体。その真横へと回り込むように飛翔して、もう一柱の女神像が突っ込んできたのだ。マーサのいる側から、溶岩の女神像向けて!
振り下ろされた赤い矛の一撃が、溶岩の女神像を両断する。
まさしくそう見えた瞬間に掴み出されたのは斧。溶岩の女神像は、二本目の得物によって矛を阻止したのである。
次の瞬間マーサへと襲い掛かった衝撃波は、武器の激突によるものかあるいは女神像の突撃のせいなのか。
もはやどちらでもよかった。三柱の超越者の戦いの前では、人間の小娘など荒波に揉まれる木の葉同然だ。
先ほど溶岩の女神像が作り出した地面の窪みに転がり落ちたマーサ。この段階で彼女はようやく、最後の女神の全体像を下から見上げる余裕を得た。
炎の色の女神像。矛を得物とするそいつは、純白の女神像と酷似した彫琢を施されているように見える。その姿はまるで双子だ。恐るべき連携で攻め立てる彼女らに対して、溶岩の女神も負けてはいない。
丘陵が吹き飛んだことで生じた爆風の壁が到達。すべてを覆い隠していく中、マーサは身を縮めた。一刻も早い戦いの終結を祈りながら。
【西暦二〇三八年イングランド北西部 湖水地方】
「ほら。あれがその時の痕」
マーサが指した巨大な池に、フランシスは目を凝らした。
「よく無事だったもんだ」
「運がよかったんだと思う。何メートルかずれていたら押しつぶされていたでしょうし。あの穴がなかったら、後から来た衝撃波で死んでたと思うわ」
姉妹水入らずのドライブである。周囲は渓谷沿いに湖が点在する風光明媚な地形。湖水地方名物ともいえる風景が、どこまでも続いていた。
異物もある。今マーサが指し示した、戦いの痕跡のような。
かつてこの地にも戦火は及んだ。大西洋を越えて送り込まれた米軍を主力とする援軍と、それを迎え撃つ神々の軍勢が激突したのである。呼応するようにイギリス各地でも神々に対する抵抗は活発化したのだった。
逃げ遅れたマーサがほぼ無傷で生き延びたのは、奇跡と言っていいだろう。
「お前を助けたのはたぶんペレだな。溶岩みたいな赤黒い巨神を持ってるやつは他にいねえ」
「そうなのね。どんな人なのかしら」
「今はブドウ農家をしてる。まあ、普通の人間だよ。ちょいと喋れないだけだ」
問われたフランシスは、年に一、二回程度は顔を合わせる同族の姿を思い出した。人懐っこい褐色の肌を持つ少女のことを。第一世代の知性強化動物たちも手がかからなくなってきた最近は、島で農耕にかける時間が増えているという。いいことだ。戦後間もないころは、ペレがこれからどうやって生きていくのだろうかと気をもんでいたものだが。
「あの戦いからしばらく後、ロンドンが解放されたって聞いた。それでようやくほっとしたの。もうこれ以上失わなくて済むって」
「……」
「姉さん」
「なんだ」
「もう、門は開かないわよね」
「……正直なところ、分からん。可能性は低いが開かないとは断言できねえんだ。すまん」
「いいわ。再会した時あなたが本当に姉さんなんだって確信が持てたのは、そういうところだし」
「なんだそりゃ。
まあいい。もし次があったら家族でオレの所に来い。お前たちくらいは守ってやる」
「ありがとう」
姉妹は笑いあう。
それからのふたりは、しばしドライブを楽しんだ。
―――西暦二〇三八年、湖水地方にて。ペレを主力とする
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