目も覚めるようなあくび

「ふぁ……」「ふぁ…」


【埼玉県都築家 居間】


欠伸あくびが二つ、立て続けに出た。それも親子の口から別々に。

都築家の居間でのことである。

採光がしっかりととられた空間は暖かい。まだ外の気温は低いが、日光で温められたカーペットとソファは眠気を誘うのに十分な威力を発揮していた。

「おとうさん、真似っこだ」

「違うよ。あくびがうつったんだよ」

あくびのを主張する息子に刀祢は苦笑。

「あくびってうつるの?」

「うつる奴もある。あくびには色々あるんだ。頭への血流を増やして脳への酸素供給を増やしたり、脳の冷却をしたり。仲間と共感したりね」

「共感?」

「あくびをする人は疲れてたり、眠かったりする。ストレスを感じてたり不安だったりするかもしれないし、あるいは退屈な場合もあるだろう。それを見て共感して、自分もあくびをするんだ」

「なるほどなあ」

相火は、隣室を見た。そこのベビーベッドですやすやと昼寝している妹をじーっと見つめているのである。

「あくびしないね」

「そりゃあ眠い、どころか寝てるからなあ。それに、そんなふうに待ち構えてたらあくびはうつらないよ」

「そっか」

残念そうな息子に刀祢は苦笑。

「そういえばおさるさんもあくびするね」

「ああ。昨日のテレビでやってたな」

「おさるさんのあくびも伝染するの?」

「する。脊椎動物はみんなあくびをするみたいなんだが、人間以外だとチンパンジーもあくびの伝染の研究はされてるな。他にもライオン。イヌ。オオカミ。羊。ゾウもだったか。いろんな動物があくびを伝染させるんだ。

これらの生き物には共通点がある」

「共通点?」

「群れを作ることだよ。

例えば2頭のライオンがいたとする。片方があくびをすると、もう片方もあくびをした後、同じような動きをする。同期的な行動を取るんだな。ライオンは群で子育てや狩りをするし、敵から身を守る。そしてあくびは、脳の血流を増やして頭をすっきりさせる。だから、伝染性のあくびは群れの注意力を高めて防御を強める役割があるんだよ。あくびはメッセージなんだ」

「あくびの伝染は群れを作る生き物がするんだよね」

「そうだよ」

「じゃあ、はるなおばちゃんも伝染するの?」

問われて刀祢は考え込んだ。はるなはあくびをするが、伝染していたか?と改めて聞かれると断定はできない。もっとも、九尾級をはじめとする第一世代の知性強化動物は人間とほぼ同じ構造をしているし、社会性を重視して設計されているからあくびの伝染もするだろう。たぶん。

「するとは思うが、はっきりとは分からないな。父さんがいたら聞けたんだが」

「おとうさんのおとうさん?」

「そうだよ」

「会いたいな」

「会えないんだ。相火が生まれる前に亡くなったから」

「そっか」

相火は、カーペットにころん、と転がった。

「眠くなっちゃった」

「寝てもいいが、そんなところだと風邪をひくぞ」

「へいきだもん」

やがて寝息を立て始めた息子に、父は苦笑。毛布を取りに部屋を出た。




―――西暦二〇三八年。九尾級誕生から十八年、都築博士がなくなってから十五年目の出来事。

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