おおざっぱなフェルミ

「ねえ。猫って日本に何匹くらいいるの?」


【埼玉県 都築家居間】


「うん?そうだなあ。400万頭くらいか」

息子に問われた刀祢は暗算。概算だが桁数はあっているだろう。たぶん。

一家団欒の席だった。都築夫妻。相火。去年生まれたばかりのその妹。そしてはるながこたつに入り、正月番組を見ている。

相火の問いは、干支に関する神話。その中に出てくる猫の話から出たもののようだった。

「ふうん。よく覚えてるねえ」

「いや、覚えてないよ。計算したんだ」

「どうやって?」

「まず日本には今、四千四百万人住んでる。計算が面倒だから四千万人としとこう。五軒に一軒くらいは猫を飼ってるだろう。独身の所もあるしうちみたいに四人家族の家もある。間をとってだいたい一軒につき二人いるとしよう。そうしたら、四千万の人口だから二千万軒の家がある。そのうち五軒に一軒は猫がいるから、二千万÷五で四百万」

「それで合ってるの?」

「だいたいはあってるよ。桁数はね。本当は二百万匹かもしれないし、六百万匹かもしれない。けれどそれ以上細かく数えても意味はない」

「なんで?」

「間違えるからさ。例えばお米を四合炊く時、ちゃんと間違えずに入れられるかい?」

「間違えるー」

息子の発言に女性陣も苦笑。都築家では米袋からますですくい出して量を図る。相火も最近米を研ぐという作業に挑戦しているが、まだまだ難しいようだった。

「だろう?たった四合でも間違える。日本の猫の数を全部数えるとなればもっと大変だ。絶対に間違える。だからあんまり細かくても意味がないんだよ」

「なるほどなあ」

「もちろん、世の中には正確じゃないとダメな計算もある。お店でお釣りをもらうときは正確でないと駄目だし、税金の計算や物理学の世界でも凄く精密な値を出す事はあるだろう。けれど、おおざっぱでいいときは封筒の裏に走り書きした計算で事足りる。こういうのをフェルミ推定という」

「どういうときだとフェルミ推定できるの?」

「そうだなあ。例えばお父さんの髪の毛を全部数えるのは大変だ」

「うん」

「けど、フェルミ推定を使えば1cm四方の毛を数えるだけでいい。それと、お父さんの毛の生えている面積をかけあわせればだいたい何本生えてるかは分かる。

あるいは、宇宙に文明が幾つあるかも計算できるな」

「そうなの?」

「ああ。

フェルミ推定の名前の元になったエンリコ・フェルミは雑談の最中、地球外生命体の話になったときに「どうして彼らは地球に来ていないんだ?」と疑問を発した。まあ実際にはもう、そのころには神々が来ていたんだけどね。

それから何年か経ったあと、フランク・ドレイクという科学者が、銀河系にある文明の数を計算する方法を考え付いた。

一年間に生まれる恒星の平均個数。恒星が持っている惑星の個数。惑星のうちで生命を発生させるものの割合。生命の中で知的生命体に進化する割合。更にその中で通信技術を発展させる文明の割合。そして、その文明が存続する年数。

これを全部掛け算すれば、文明の個数は分かる」

「何個あるの?」

息子の問いに、父親は頷いた。

「正確には分からないんだ。ほとんど0から1500万個まで。計算に使う数がまだ、分からないから。

けれど、中くらいの数を入れてやれば、10個になる」

「10個かあ」

「実際はもっとあるかもしれないし、ないかもしれない。けれどたぶんあるだろうな。そして人類はそれを探している。

きっとそのうち見つかるだろう」

「今度はおとなしい文明だといいね」

「そうだなあ。平和なのが一番いい」

やがてテレビは別の番組へと変わり、一家はそれを眺めながら雑談を続けた。




―――西暦二〇三八年一月、都築家にて。人類が初めて異種知性体による文明の存在を確認してから二十二年目の出来事。

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