役に立つ噂話

「人間だけが神を持つ。人類以前にも『気を付けろ!ジャガーだ!』と叫ぶことのできる生物はいたが、『ジャガーは我々の祖霊だ』と言う能力を獲得したのは人類だけだ」


【イギリス イングランドロンドン市 マリオン家】


「お前、噂話好きだなあ」

夜半である。

寝室に枕を持って押し掛けて来た姪に対して、片目を閉じながらフランシスが言った言葉がそれだった。

「え。そうかな」

「そーだよ。よくもまあ、延々と同級生やら近所の話やら飽きずにやってられるな」

脳の片側を眠りに就かせながらも応えるフランシス。自分は平気だがメアリーは延々と起きていたら健康に悪かろう。

「まあ、人間は噂話をするもんだが」

「だよね」

「そもそも人類が知る限り、噂話をしない知的生命体はいねえからな」

「え、そうなの」

「ああ。知性強化動物だって他人と情報を共有したがるように作られてるし、知性機械だって人間に対しての興味を持つように設計されてる。神々だってそうだ。人間と同じ形の知性は噂話をしなきゃならねえんだよ」

「じゃあ私がしゃべってるのも知性の証?」

「そこまでは言ってねえって」

論理の飛躍に伯母は苦笑。

「そもそも人間は言葉を話す唯一の生物じゃあない。人間以外でも、「気を付けろ!!蛇がいるぞ!!」と鳴き声で伝える動物はいた。微妙な鳴き声の違いで使い分けたりな。サバンナモンキーなら「気を付けろ!ワシだ!!」「気を付けろ!ライオンだ!!」ってな具合だ。じゃあ人間の言語が他の生き物に対して優れてるのはどこだと思う?」

「……情報量?」

「正解。人間の言語は限られた数の音や記号を繋げたものでしかないが、驚くほど柔軟だ。それらを組み合わせて異なる文章を幾らでも生み出せるんだよ。

例えば町に暮らしているカラスは、「犬がいるぞ!」と警告することはできるかもしれない。だが、「四つ先のブロックの角にある家のタイソン氏の家の庭には凶暴なブルドックが繋がれているが、庭を抜けると学校まで十分の近道になる」という情報を伝える事ができるのは人間の言語だけだ。これだけの情報があれば、遅刻しそうなわんぱく小僧どもが遅刻のリスクをとるか、タイソン氏の庭を抜ける危険を冒すかで相談もできる」

「あー。言われてみたら確かに」

「この柔軟さは別のことにも役立つ。数十人の集団にいたら、集団内部の人間関係について知っているのは死活問題になる。誰が誰と寝てたとか、誰が誰と嫌い合ってるかとか、誰が働き者で誰が嘘つきかとか。こういう情報を共有するのに活躍するのが噂話だ。ホモ・サピエンス以前の類人猿は陰口をきけなかったが、オレたちは陰口をたたくように進化したんだよ」

「陰口か……」

「大人数で協力するのに陰口は必要だ。不可欠と言っていい。忌み嫌われる行為だけどな。役に立つから、人間は何時間でも噂話をすることができるようになった。

そして、言語は更なる機能を得た。存在しないものの情報伝達する能力だ」

「存在しない?嘘とか」

フランシスは、姪の問いに頷いた。

「伝説。宗教。神々。神話。こういう虚構の物語は、言語のおかげで現れた。猿にいくら死後の世界では果物を喰い放題だと言っても意味はないが、人間に対してなら違う。善行を積めば死んだ後に天国に行けるという想像を、集団で共有できるようになった。聖書。国民国家。思想。偶像。学校なんかだってそうだ。

おかげで、大勢で柔軟な協力をすることも出来る。アリやミツバチと違って、融通だってきくんだ」

このとき大海賊の脳裏に浮かんだのは、言葉を失った同族だった。彼女はごく親しい人々としか協力し合うことができない。人類が持つ、最大の力の恩恵にあずかることができない代償として人類最強の力を持つ炎の女神。

「人間だけが物語を紡ぐ。お前はどんな物語を聞かせてくれるんだ?メアリー」

「わかんない。ふぁ…」

「ま、じっくり考えろ。お前はまだ若い」

「はーい……おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」




―――西暦二〇三七年。現生人類が複雑な言語を獲得してから七万年あまり経ったある日の出来事。

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