金は天下の回りもの
「真似できないよね、あれは」
【イギリス連邦ロンドン市内 裏通りのパブ】
「うん?どうした?」
「いやね。ほら。義体ってすごいなあって」
伯母に問われたメアリーは、テレビを指した。映っているのは、開催が近いパラリンピックに臨む各国のアスリートたちの姿である。
昼食時のこと。
ロンドンには現在もパブが無数に存在する。夕方には仕事帰りの労働者たちが集まって一杯やっていくが、ランチタイムでも料理を楽しめるのが常だった。フランシスとその姪が食事をとっているのも、そういった裏通りにあるパブの一軒である。
「もう超人だよね。超人」
「ああ。まあ最近の競技用義体は性能いいからなあ」
「私もあんな風に動いてみたい」
「そうか?身体能力がいくら凄くても、普段は使いでがないぞ」
「それを仕事に活用してる伯母さんが言っても説得力ないよ」
姪はフランシスの言に苦笑。この元大海賊、現経営者は神格の中でも珍しい半球睡眠能力を持っている。脳を半分ずつ眠らせることで一カ月休みなしでも働き続けられるのだ。神格ならではの無限の体力と合わされば不可能などない。各国の軍に協力しながら会社経営も務められるのもその能力あってのことだった。普通忙しすぎて両立はできないだろう。普通の人間のように眠るのは今のような長期休暇をとった時くらいだとか。
「まあ、今はともかく昔は本当に休みも取れないほど忙しかったからなあ。各国で神格の建造は急務だったし、経済もボロボロでな。手下を食わせなきゃならなかったし」
「手下って海賊してた時の?」
「ああ。まあ正確には傭兵団だがな。法律的にかなーりグレーゾーンだったが、どこからも訴追されたりはしてないからセーフだセーフ」
戦時中、フランシス率いる傭兵団は破格な報酬と引き換えに困難な任務をこなすプロフェッショナル集団として名を馳せていた。契約は一作戦ごと。顧客はアフリカ諸国だけではない。米軍やオーストラリア。イギリス。中東。地元の有力者。人類と敵対しない依頼は何でも受けた。最盛期には各種の神々の大型艦艇や気圏戦闘機すら保有していたのである。
そんな通常では成り立たない業態が成立したのは、フランシスが人類側神格だったのもあるが遺伝子戦争中という、人類史においても非常に特殊な時期だったからなのは間違いない。戦後、フランシスが資産を整理し団を解散したのも潮時だと見定めたからだった。
ローストビーフをつつきながらフランシスは続ける。
「手下にはいろんな奴がいた。行き場を失った奴。食い詰めた奴。インテリもいたしどこぞの特殊部隊にいたって奴もいた。そいつらをまとめ上げるのも大変だったがな」
「その人たちと会社を作ったんだ」
「全員じゃない。去っていった奴も多い。学校に行きたいって奴は行かせてやったし、整理した資産の分け前を持って故郷に帰った奴だっている。身を持ち崩して連絡の取れなくなった奴も。まあそれはそれぞれの人生だ。
なんにせよ、ハイテクには強い奴が多かった。うちの気風がそうだったのもあるが」
「それでハイテク企業になったんだ」
「まあなあ。農業。医療。インフラ。昔は足りないもんは無限かと思うくらいあった。ああいう義体も扱ってんだぞ」
そこでちょうど映ったのはフランシスも面識のある女性である。同族の娘だった。彼女もパラリンピックに参加するのだ。今回より加わった、全身義体者のクラスで。
「そもそも知り合いが、娘でも自由に動ける体が欲しいって言ってたから作り始めたんだがな。とにかく販路さえあれば作れば作っただけ何でも売れる。大変だったが、思えばあの頃が一番のボーナスタイムだったのかもなあ」
「色んな意味で真似できないよね」
「なんだ。起業する気か?」
「やめとく。私は小市民でいいもの」
告げると、メアリーはプディングを口に突っ込んだ。旨い。
「ま、好きにしたらいい。オレが会社経営してんのは手の届く範囲から不幸を消し去るためだ。幸せになるのは当人にかかってるけどな。
金さえあればそれくらいはできる」
「億万長者が言うと説得力が違うね」
「言いやがったな、こいつめ」
フランシスは。姪の額を小突くと、皿の残りをかき込んだ。
―――西暦二〇三六年。フランシスが世界長者番付に名を連ねるようになって十三年、パラリンピックに全身義体者のクラスが追加された年の出来事。
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