悪事千里を走る

「思うに、人類という生物はまだ大きな組織に適応できていないんじゃないかな。もちろん、小さければ大丈夫、というわけではないけれど」


【エオリア諸島サリーナ島ベルッチ家 リスカムの寝室】


「あはは。それはたまらないね」

電話相手の愚痴に、リスカムは苦笑した。

『笑いごとじゃあないわよまったく。何でこっちにまでとばっちりがくるんだか。うちのボス志織さんも頭抱えてた』

「あーでも、分かる。私もたまにそういう話持ち込まれるもの」

『そっちも?』

相手は"あたご"。旧知の仲の九尾級である。リスカムはベッドの中で、厄介ごとの愚痴を聞かされていたのだった。それも互いの属している組織に共通する問題についての。

「ほら。私たちっていわば聖域じゃない。そういう人間関係のトラブルを相談しやすいんじゃないかなあ」

『確かにね……』

リスカムは表現を柔らかくしているが、実際には人間関係どころではなかった。各国の軍事組織が戦前から抱える宿痾。自殺者が出かねない———時には自殺どころかすら出る———苛烈なパワハラやしごき、いじめに関する相談に関する話を、ふたりはしていたのである。

「マッカーサー元帥もウェストポイント士官学校時代、失神するまで熱水と冷水を浴びせられたっていうけど、ねえ」

『前世紀の話じゃない。時代は進歩してるのに組織文化が旧態依然としたまんまじゃあたまらないわ。相談を受けたちょうかいがブチ切れて動き回ったおかげでえらい騒ぎよ。あの子、お偉いさん方になんて言って回ったと思う?』

「何て言ったの?」

『あなた方はいつでも辞める自由がありますが、私たちは百年先も自衛隊にいなきゃならないんです。今改善してくれなかったらずっと私たちはこれに付き合わされるんですよ!!だって』

「うわ……」

知性強化動物は基本的に製造した国家の軍事組織所属だが、その身分は特殊だ。例えばリスカムは一応海軍所属だが独自の指揮系統の中に置かれているし、あたごたち九尾が属している統合自衛隊のように既存の陸海空の枠の外に置かれている場合もある。国連軍というより大きな枠組みに属してもいる。政治家と直接の面識がある者も多い。合法的に動いている限りはかなり無茶をやっても、その動きが掣肘されることはなかった。もちろん恨みは方々に買うだろうが、不老不死の知性強化動物にとっては一時のことだ。そもそも莫大なコストがかかっている知性強化動物に対して迂闊な事をするのは困難でもあった。

何より、その気になれば都市ひとつ吹っ飛ばせる超生命体に凄まれるのは怖い。その武力の行使を制限するものが本人の良心と理性しかないとなればなおさらのことだ。

『ま、今回の件は氷山の一角でしょうね。すぐに改善は難しいわ』

「でしょうね。なんで人間はこういうことするかなあ……」

『私たちだって人間だけどね。法律的には』

「まあね……」

生まれてこの方理不尽な扱いを受けた記憶が、リスカムにはない。周囲の人々が大切にしてくれたのは間違いないにしても。

「理不尽な扱いをしたって誰の得にもならない、ってどうして分からないんだろ」

『全くだわ』

「じゃ、そろそろ寝るね。お休みなさい」

『ええ。おやすみ。いい夢を』




—――西暦二〇三六年。知性強化動物が実戦配備されてから十四年目、軍事組織の旧弊の改善に知性強化動物が取り組むようになってから十年近く経った日の出来事。

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