蜂の代わりをするものは

「ありゃ。ペレはどこいった」


【イタリア共和国ボローニャ EIMA 2035】


広大な展示場で、ニコラは周囲を見回した。一緒にいたはずのペレがいない。人ごみにはぐれたか。

まあ大丈夫であろうが。会場内で犯罪など起こらないだろう(起きた場合相手の方が心配だが)し、GPSと連携した迷子札も持たせてある。あまりにも待って見つからなければ改めて探せばいい。

ニコラが訪れているのはイタリア最大の農業関連ショー、EIMA。イタリアのメーカーを中心に各国企業が出展しているブースでは、最新鋭テクノロジーの産物が並んでいる。目立つのは農業用ロボット類やユニット化された水耕栽培システムなどだが、ニコラが目当てとするものはまた別にある。

目当てのブースを見つけ、そちらへ歩いていくところで。

「おっと。失礼」

「こっちこそ申し訳ない」

ニコラがぶつかった相手はスーツに銀髪の少女だった。こういう場にはあまり似つかわしくないような風体にも見える。どうやら目当ては同じブースのようだったが。

「メーカーさんかい。お嬢さん」

「まあ、そんなとこだ。あんたは使う側かな」

えらくなまりの強いイタリア語である。おそらく外国人であろう。ちなみにEIMAでは外国人の入場が無料だったりする。

「正解だ。うちみたいな農家も新技術を入れにゃあ、どんどん取り残されちまうからな。特にこの十年、進歩がえらい早い」

「同感だ。うかうかしてるとすぐ置いてかれちまう。うちは戦後すぐにこの業界に参入したんだ。世界的な食糧危機の時代だったからな。農業技術は売れると踏んだんだが、なかなか大変だった。まあ農業だけじゃなく、手広くやってるんだがね」

「若いのにご苦労さんだなあ」

「よせやい、爺さん。オレは若作りなだけだよ」

銀髪の少女は苦笑。若作りというが、どう見ても十代半ばから後半といったあたりである。実際は二十代前半?それとももっと上だろうか。

会話しつつも展示を確認するふたり。

このあたりに集まっているのは受粉関係の技術である。

「蠅は体が小さいから苺の受粉にいいんだよな」

「花粉がまんべんなくつくからかい」

「ああ。商品価値を高めてくれる働きもんだ」

授粉用に養殖された無菌蠅はもともと医療用であるが、農業用途にも応用されたという経緯がある。今のところはハウス栽培のみの使用だった。周囲のブースには同じく受粉作業用のロボット類も。昆虫サイズに太陽電池で飛翔するものや、地面を自走してマニピュレータで受粉作業をしていくものなどが見受けられる。これらの技術が発達した背景には気候変動による蜂への影響があった。遺伝子戦争が終結してからもうかなり経つが、一時期は受粉に影響が出るほどの被害があったのだ。それも、地球規模で。温暖化やその他の現象で蜂の数が減少し、また行動パターンにも変化があったのが背景として存在する。

「金と食いもんが揃ってないと人は荒む。この十五年ほどいろんなとこに商売に行ったがまあ、どこもかしこも産業がボロボロでな。コロンビアなんか戦後すぐのころは、戻ってきた避難民が土地の収奪と伐採をはじめてたよ」

「お嬢さん。あんた———」

さすがに疑問を膨らませたニコラが問いかける前に、回答は与えられた。真横から飛び込んで来たのである。それも、銀髪の少女に向かって。

「~~~~~~っ!!」

「―――!?ペレじゃねえか。なんでここに」

激突したのは褐色の肌の少女だった。同時に、その呟きを聞きつけたニコラは得心。相手の素性をようやく把握したのである。

「お嬢さん。あんた、ペレちゃんの———その。なんだ。同類かい」

「うん?ああ、爺さんあんた、ペレの連れなのか」

先端技術メーカーのCEOにして元傭兵の少女は、不敵に笑った。

「オレはフランシス。フランシス・マリオンだ。ペレの同類、ってことで間違いはないぜ。

よろしくな、爺さん」




—――西暦2035年。EIMAが再開されてから十三年目の出来事。

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