大阪戦役
「くそっ!どうしてこんなことになったんだ……!!」
【西暦二〇一六年五月五日 日本国大阪府難波】
腕が、降ってきた。
それは地面に激突するとそのままめり込み、周囲の地盤を陥没させる。赤子の頭ほどもある破片が飛び散り、容赦なく周囲を破壊していく。余波でビルが傾き、唐突に崩れ去った。限界だったのだろう。
落下してきた巨腕は十数メートルというサイズ。驚くほどに精緻なそれはひび割れ、砕け散るとたちまちのうちに消失していった。霧と化して。
災難から辛うじて生き残ったドワ=ソグは、上空を見上げた。
ビルの合間から見えるのは地球の航空機が行きかう様子。路上に視線を向ければ、神々と人類、双方の戦闘車両が目まぐるしく位置を変更し、壮絶な砲撃戦を繰り広げている。
そして、巨神。神々の眷属であるこの巨大人型兵器は、その機動力を生かすことも出来ずにビルの合間を後退していた。文字通り見上げるほどの巨体を誇る蒼い武神像。日本神話をモチーフとしたそやつは、ドワ=ソグの位置からでは上半身を視界に収められず、股関節までもが見て取れる。一歩ごとに振動が巻き起こり、時折地下街を踏み抜く。飛翔できれば早いのだろうがそれはできない。今だ住民の逃げ遅れた市街を盾にしているからこそ、人類側のアルキメデス・ミラーによる攻撃に晒されずに済んでいるのだから。緒戦で何体もの貴重な眷属を失う、という形で既に実証済みである。だが市街戦は、人類の兵器でも巨神を破壊する機会があるということだった。
実際、後退していく巨神の全身は既にひび割れ、片腕が脱落。大ダメージを受けている。そしてついに。
ビルの合間を抜けて眷属の背後をとった人類の回転翼機。近距離に出現したそいつの奇襲に、眷属は対処できなかった。
有線誘導された幾つもの対戦車ミサイルが突き刺さり、爆発。眷属は横倒しとなると、とうとう粉々に砕け散り、消滅していく。
そして、その余波。眷属が倒れた先にあったビルディングもまた、無事では済まなかった。
「こっちだ!!」
茫然とするドワ=ソグは、そのままならば押し潰されていただろう。そうならなかったのは、若い兵士が手を引いたからである。
直後。倒壊したビルのがれきに飲み込まれ、消滅する裏路地。
「なんてことだ……!」
戦争序盤の眷属はまさに無敵だった。条件次第で最大級の熱核兵器にも耐える超兵器は、人類に対して圧倒的な強さを発揮したのである。今もその性能に違いはないが、しかし性質が明るみとなったことで、既に神通力を失っていた。
そして、それ以外の兵器についても同様だ。物理法則は彼我で同じである。化学反応。物理強度。微細加工密度。それらはいかに科学が進歩しても上限というものがあった。神々の兵器は強力だが、強力なだけに過ぎない。ましてや門を失い満足な支援もない中では、十分な性能を発揮することすらできなかった。
それでも、神戸の門を失った神々はここ。大阪に陣を張らねばならなかったのだ。
幸い、救援部隊は既に大阪湾に侵入することに成功したらしい。気候制御型神格を伴った彼らの助けがあれば、故障し反乱を起こした"天照"の脅威は大幅に低下する。この神格最大の武装である
「ありがとう。助かった」
「気をつけてください。惚けていると死にますよ」
先ほど手を引いてくれた若い兵に礼を言うと、ドワ=ソグは息を整えた。
「気をつけよう。せっかく救援が来ると言うのに死んでいては勿体ない」
「同感です。―――!?噂をすれば」
つられて空を向いたドワ=ソグは、見た。空を飛翔していく、眷属や気圏戦闘機の姿を。
更には空一面に暗雲。先ほどまで晴れていたというのに。味方の気象制御型神格が天候を悪化させたに違いない。アルキメデス・ミラーによる攻撃を防ぐために。
「味方だ、助かるぞ」
「帰れる……やった、帰れるぞ!」
兵が浮足立ったのも無理のないことではあったろう。
されど、戦場では身構えていないものから死神の餌食となるものだ。彼自身が言っていた通りに。
ここでも、そうだった。
不穏な気配を感じたドワ=ソグが、今度は自分から兵の手を引いて伏せるのと、衝撃波が吹き荒れるのは同時。
顔を上げた時、ドワ=ソグはまだ兵の手を握り締めていた。手だけを。肩口より先の姿は見えなかった。
「―――!」
この神々の科学者は、見た。見上げても全貌が捉えきれぬほどの巨体が、押し下げられている様子を。限りなく黒に近い翠をして剣を構えた彼女と鍔ぜり合っている、やはり剣で武装した
「―――天照!」
史上初めて、思考制御を打ち破った眷属がそこにはいた。
否。それはもはや眷属ではない。神々の課した
—――人類側神格。
二柱の巨神を見上げて茫然としていたのは一瞬。すぐさまドワ=ソグは身を翻した。こんなものに巻き込まれれば死は間違いない。
味方部隊と合流し、そして迎えの船まで逃げ延びねばならなかった。
ドワ=ソグはただ、走った。
【西暦二〇三五年 日本国硫黄島 航空基地】
「サラ、ご苦労様」
「貴女もね、志織」
ふたりは席に着いた。
自衛隊の基地の幹部用食堂でのやり取りである。
設けられているのはささやかな宴席。周囲には九尾や自衛隊員、研究スタッフ。そして特注の戦闘服に身を包み、背中を外骨格で守った知性強化動物"玄武"。完成した玄武級神格との模擬戦に、サラは参加していたのだった。
「いつも来てくれて助かるわ、ほんと」
「もう後何年、役に立てるか分からないけれど」
「その辺はお互い様ね」
志織は苦笑。人類製第二世代型神格の性能は驚くべき水準に達している。歴戦の人類側神格相手に互角の戦いを可能とするのだ。これが新造されたばかりの眷属相手なら優位に戦うことすらできるに違いない。
もっとも、航空戦型の九天玄女と異なり戦略級神格である天照の代替をできる神格は、まだ人類には作ることができない。志織が安心して引退できる日が来るのは先になるだろう。
「せっかくなので、呼ばれる限りはどこにでも行くつもりです。人類製神格の全てと戦うというのも、悪くはないですから」
「確かにね」
志織はサラと出会った頃の事を思い出した。あれは遺伝子戦争中。五月五日の大阪だったか。当時身を置いていた陸自の部隊が、激戦下にもかかわらず柏餅を出してくれたからよく覚えている。ふたりは最初敵同士として激突したのだった。南海線のなんば駅ビルの真横だったはず。巨神の目線では建物が驚くほど小さかった記憶がある。
激戦の末、勝利したのは志織を擁する自衛隊。神々はごく少数の兵員を脱出させた他は壊滅的被害を被り、人類の捕虜となったのだ。サラもその戦いの後に思考制御を破り、撤退中に神々を離反。沖縄の在日米軍へと投降して人類側神格となったのだった。激しい戦いのストレスが思考制御の解けるきっかけとなったのだろう、と現在では言われている。
ふたりともあの頃よりずいぶんと腕を上げた。殺した眷属の数だけ強くなり、戦った数だけためらいは消えて行った。今では人類最高の戦士として、ふたりは認知されている。
「まだまだ若い者には負けていられません」
「まったくだわ」
頷き合うふたり。
その後も彼女らは談笑を続けた。
—――西暦二〇三五年。大阪戦役から十九年目、人類製第三世代型神格完成の十一年前の出来事。
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