ささやかな祝福
「元気な男の子だ」
【イギリス 捕虜収容所管理棟 仮設分娩室】
驚くほど人間に似た赤ん坊だった。
頭部からは薄い産毛。それ以外の部位はピンク色の肌をしており、進化の過程で後回しにできる成長は全て後回しにしてきたことがうかがえる。
四肢は未発達で頭部は大きい。この辺も人間の赤ん坊と同じだった。十二カ月近くも子宮にいたおかげか、脳が巨大なのだ。おかげで帝王切開が必要だった。
フランシスは取り上げた赤ん坊のへその緒を切り、体を拭いてやった。産湯は必要ない。体を覆っている脂質は皮膚を保護する役目を持っているからだった。
赤ん坊の体が産着でくるまれ、そして母親へと手渡された。
「……私の、赤ちゃん……」
受け取ったムウ=ナは、その異相を差し引いても微笑んでいるのが明らかだった。えらく難産だったから、感動もひとしおであろう。
その様子を眺めながらも、フランシスは陰鬱な気分となった。
赤ん坊の将来は苦難の連続だろう。暫定的に人と同等の権利が与えられるとは言え、この異形である。知性強化動物とは違い、人類が望んで生まれた子供ではない。どころか敵種族の子として迫害される可能性は極めて高いだろう。そもそもそういう事例から守るためにこそ、人権というものは存在するのだが。生まれや行いで剥奪されてはそれは機能を発揮しない。例外があっては成立し得ないのが人権だったからこそ、この子に人と同等の権利が与えられたのだ。
それに、両親や同族たちがこの収容所に囚われの身のままであることにも変わりはなかった。両親のもとで育つ権利と、自由に移動しそして教育を受ける権利。どのようにそれらを両立させていくのかも、いまだに未知数だ。そのあたりはイギリス政府と、国連がこの問題のために設置した委員会が決定することになるだろう。
そして、もう一つの問題。
赤ん坊が成長した時、もしも再び門が開いたら。この子はどのような思いをすることとなるのだろう。神々と人類。ふたつの世界の狭間に生まれた子供は、いかな運命をたどることになるのか。
分からない。フランシスには分からなかったが。
「……ありがとう。フランシス」
「仕事だ。気にしなくていい」
「それでも。引き受けてくれる人類側神格はあなただけだった、って聞いた。だから、ありがとう……」
「……誰から聞いたのやら。他の連中の名誉のために言っておくが、スケジュールの調整が効いたのがオレだったってだけの話だ。そもそもイギリスに住んでるのがオレしかいねえからな」
「……ええ」
「後で旦那も来る。祝福してもらえ」
「……そうするわ」
—――西暦二〇三五年六月。地球で初めて神々の子供が生まれた日。都築燈火によって門が開く十七年前の出来事。
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