朽ちる者と朽ち果てぬ者と

「時間は待ってはくれない。ときには前に踏み出すことも必要よ。その準備ができていない場合でもね」


【デンマーク王国グリーンランド フヴァルセー遺跡】


満天の星空だった。

それを見上げる少女が寝そべるのは水辺。草の絨毯の上で、彼女は思いを馳せていたのである。星々の世界への。

『フヴァルセー?グリーンランドじゃない。よくそんなところで寝てるわね』

「いいじゃねえか。こっからは星がよく見えるんだよ」

『見える、と言っても邪魔者があるんじゃないの?』

「まあな。特に南のあのデカブツ。邪魔でしょうがねえ」

フランシスはオービタルリングについての不満を述べた。通話相手は同族にして友人。モニカである。脳内無線機をネットにつないでいるのだった。

『そんなに気になるなら、宇宙に上がればいいのに』

「ばっかお前、地上から見上げるからいいんだろうが。それにもう、恒星に近づくのは金輪際やらねえと誓ったんだ」

その発言に、相手は苦笑したようだった。

フランシスの"ワルフラーン"は恒星探査型神格である。極限まで太陽に近づいてプラズマと熱に耐えるために高効率の第二種永久機関と防御磁場を備え、二重構造で構築される巨神の外側は物性を状況に応じて自在に変化させることができた。熱を反射させ、あるいは透過率ほぼ百%を実現してレーザーを乱反射、跳ね返す事すらできるのだ。脳や肉体もその任務に最適化され、モニカ同様の半球睡眠や飲食なしでの長期行動を可能とする。十の化身を持ち、光明神ミスラを先導するという英雄神ワルフラーンの名にふさわしい権能ではあった。

神々の恒星探査にかける情熱は、並々ならぬものがある。その文明が超新星爆発という、恒星に起因する災害によって壊滅的被害を受けたのだから当然なのかもしれなかったが。

人類史上最長の距離。総計十二光年を渡ったという経歴を持つこの大海賊はただ、夜空を見上げていた。

『で、なんでせっかく休みをとったのに、そんな寒いところで寝転がってるわけ』

「そうだなあ。妹から逃げて来たってとこか」

『そんな険悪な仲だったっけ』

「険悪ってーかなあ。やりきれないんだよ。もう姪っ子がオレと大して違わない歳恰好なんだぞ?どんな顔して会えばいいんだ。

お前さんが羨ましいよ。この体でも家族とうまくやれててな」

『助言してあげたいところだけど、難しいわね』

「正直、妹だけでも生き残っててくれてよかったとは思ってる。今のご時世、天涯孤独なんて珍しくないからな……」

よっこいしょ、と身を起こすフランシス。すっかり大気は冷えてきたが、神格の管理がある限りは恐れるに足りない。

周囲を見回せば、そこにあるのは石造りの建物の遺跡。14世紀の教会跡と言われている。西暦1000年ころからこの地域に移住してきたヴァイキングたちは農業と牧畜で大いに栄えたという。やがて小氷河期が訪れた際に始まったアザラシ猟が発達していく時期に、地主エリート層は教会を建設したのだ。分散した農民たちの集合場所として機能したそれは結婚式や葬儀、定期的な礼拝といった行事にその機能を発揮した。彼らは交易によってますます富み、栄えて行ったのだ。

ここは、その残骸だった。

『ま、私に言えるのは、人はいつまでも生きてはいない。ということよ。私たちは別にしてもね』

「だな……」

フランシスには永遠の時間があるが、妹たち家族はそうではない。いつまでも対峙するのを先延ばしにしていては、いずれその機会すら失われるだろう。ここを去っていった人々が、それまでに無駄にした時間のように。

ヴァイキングに致命傷を与えた要因は複合的だったと言われている。気候変動。流行の変化による交易品の需要の低下。ヨーロッパから広まった黒死病ペスト。北方からの侵入者たち。だが、最も致命的なものはそれまでに建物や農地にかけられたコストそのものだった。もはやグリーンランドが居住に適さなくなっていても、それまでの投資を捨て去ることが出来ずにヴァイキングたちはとどまったのだった。ぎりぎりまで。

「一度、妹のとこに寄ってみるよ。ありがとな」

『どういたしまして。じゃ、こっちはそろそろ寝るわ。おやすみなさい』

「ああ、おやすみ。モニカ」




—――西暦二〇三五年。人類が初めての恒星間超光速航行を経験してから二十三年、人類製の超光速機関が実用化される十年前の出来事。

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