果たされた約束

「父さん。久しぶり」


【静岡県 墓苑】


都築刀祢は空を見上げた。オービタルリングが見える。風が強い。雲がたなびくいい天気である。

どこまでも続く、緑に覆われた丘陵だった。

規則正しく敷かれている四角いプレートは無機質な墓碑。

霊園。それも先の戦争の犠牲者を弔うために始まったものだった。

そして、足元のプレートに刻まれている名前は三つ。都築弘。都築静香。都築燈火。

「もう十一年だ。早いね」

都築博士が亡くなってからの時間だった。もう刀祢は二十九歳になる。大学を卒業し、仕事に就いた。自分の人生を歩み始めてからもう何年にもなる。

一人前の男の顔をしていた。

「今日は父さんに報告があってきたんだ。父さんの友達から手紙が来たよ。父さんにも伝えてあげて欲しいって。志織さん経由で」

鞄から取り出したのは一通の手紙。差出人は、日本語とイタリア語の併記でウィリアム・ゴールドマンとあった。

「"トツキ。僕は約束を果たした。初めて出会った日に宣言した通り、知性強化動物を次のステージに引き上げた。僕らの知性強化動物は、眷属とも対等に戦える水準になった。十年後には眷属を圧倒するようになっているはずだ。二十年後、三十年後にはさらにその先へ。彼らは僕たちを守るだろう。あの日、君が言っていた通りに。僕らも、彼らを守っている。君が望んだとおりに。

この喜ばしい日を、君と共有できないことが残念だ。"

—――だってさ」

刀祢は、手紙に添えられていた一葉の写真を見た。

どこかの島の農園だろう。並んでいるのは銀髪に眼鏡の男性。シカにも似た頭部を持ち、カジュアルな服装をした人物。十代前半の金髪の少女。チョコレート色の肌をした、こちらも若い少女。中年から高齢の、数名の男女。

そして、彼らの中心にいる、竜にも似た毛に覆われたいきもの。

地球で最初に完成した、第二世代の知性強化動物だった。先日の模擬戦の様子は刀祢も見た。驚くべき性能だというのが、素人の刀祢にも分かった。人類の科学は神々と対等に戦える域まで、たどり着いたのだ。

写真の裏には、手書きでIsola di Salinaサリーナ島とあった。

「父さんが言っていた通りだ。人類は二百万年かけてここまできた。次の二百万年も、きっと大丈夫」

そこで、振り返る。こちらへと歩いてくるのは長身の女性と、彼女に手を引かれてやってくる小さな男の子。

この十一年で出来た、刀祢の新しい家族だった。

駆け寄ってきた息子を抱き上げ、妻と言葉を交わすと、刀祢は空を指さした。

「ほら。見ていてごらん。もうすぐだよ」

宣言通り、異変が起きた。

東の空より飛来する六つの物体。はじめ点のようだったそれは、やがて大きくなり、飛行機雲をたなびかせ、そしてオレンジ色の威容を露わとした。

刀祢たちのいる墓苑上方へと差し掛かった段階で、それらは分散。大きく空に図形を描いていく。

"九尾"だった。一定の期間をかけ、かつての戦地を巡って飛行パフォーマンスを行っているのだ。ここ、静岡の墓苑のような場所で。

「はるなさんもいるのかしら」

「どうだろう。九尾ももう、改良型を含めて48人いるからね」

妻に答える刀祢。彼に抱かれた息子もまた、飛翔する巨人たちの姿を見つめていた。

都築玲子れいこ。都築相火そうか。妻子の横顔を見つめた刀祢は、再び空へと目を向けた。

父が遺した者たち。家族と人類を守るために、生み出されたものへと。

彼女らが飛び去るまで、いつまでも刀祢はそうしていた。




—――西暦二〇三四年。九尾級神格が完成してから十二年、都築博士が亡くなってから十一年目の出来事。

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