「――――ぁ……っ!」


【イタリア共和国 シチリア島沖 演習海域】


どこまでも穏やかな海原だった。

朝日がきらめき、潮風が海鳥を運んでいく。そんな世界で。

突如として、海が割れた。

それは、竜だった。

水面下から飛び出してきた駆逐艦にも匹敵する質量の巨体は、海面すれすれを飛翔。たちまちのうちに増速していく。

直後。

竜を追うように海中より飛び出した物体は、尖塔とも思える長大な構造物。

槍であった。

音速の10倍というなその色は、サファイアブルー。透き通るような素材でできた三百トンの質量が立て続け、竜目掛けて射出されたのである。

一本。二本までをひらりとかわした段階で、竜はしくじった。三本目の直撃を受けたのである。

強力な切っ先は、竜の巨躯の体表を。醜い傷跡を残しながらも、その表面を浅くえぐるに留めたのである。

この段階で、竜は背後に向き直った。精悍なる竜であった。鱗に覆われた巨体の背からは翼。体躯は細長く、後肢は太いのに対して前肢は細い。爪牙は鋭く、尾は力強さを備えた、鋼で出来たドラゴーネだった。

まさしく魔獣と呼ぶにふさわしい。

竜は、そのあぎとを開いた。かと思えば全身の原子を励起させ、その幾つかへとエネルギー集中。口内へと蓄える。

臨界に達した段階で、重金属粒子の奔流が放射された。

それは、竜に続いて飛び出した者へと殺到。強烈な衝撃を与える。

核爆発にも匹敵する破壊力。それを受け、無事で済む者は自然界には存在しない。

だから、そやつは自然が生み出した者ではありえなかった。攻撃を受け止め、半ば溶融した盾を投げ捨てた巨体は、女神像。兜で身を守り、巨大な翼を備え、戦衣に身を包んだサファイアブルーの巨像である。

"ニケ"だった。

彼女はた剣の切っ先を竜に向けると、全身の構成原子を励起させる。たちまちのうちにその、透き通るような体躯が発光し、そして臨界に達した。

投射されたレーザーの威力は、竜の強靭な分子構造ですらも分解するほどのものだった。だから、竜は盾となるものを。分子運動制御によって、海水を持ち上げたのである。

伸びあがるそばからレーザーを受けて蒸発していく水柱。ぶつかり合うふたつの権能の力比べは、竜に軍配が上がった。

レーザーが途切れたことを悟った竜が水柱を瞬間、そこから突き出されたのは剣の切っ先。それは、竜の角と激突すると火花を散らしながら滑っていく。

「―――!」

自身の水柱を目くらましに利用されたのだ、と竜が悟った時にはもう、女神像は次なる武器をていた。

巨大な戦斧。剣を投げ捨て、両手で得物による一撃は、竜の翼を根本から切り落とした。

返す刀で更なる攻撃を加えようとする女神像。その肢体を竜の尻尾が襲う。辛うじて防御した彼女は弾き飛ばされ、海面でバウンド。何とか空中で態勢を立て直す。

ダメージを負った両者は互いに身構えた。女神像がのは盾と剣。対する竜も、虚空より槍を掴み出したのである。

対峙する二柱。竜の巨体は、女神像を大きく超えていた。

竜が。振り抜かれた強烈な槍の一撃は、しかし。空中でダイナミックに躍動した女神像は、全身の構成原子を励起。竜に対して突き出した刃の切っ先から、光が溢れる。

レーザー投射。

発光が止んだ時、竜の胴体は溶融し、半ば消滅していた。

それでもなお動こうとする竜だったが、やがて限界が訪れる。力を失い、全身にひび割れが広がり、そして———

「そこまで。模擬戦を終了してください」

演習モードが解除され、仮想の損傷による機能制限が終了した。更には模擬戦の監督官を務めていた、複数のリオコルノ達の姿が認識できるようになる。

ドラゴーネは、自らの敗北を悟った。

「お疲れ様。よく頑張ったね」

"ニケ"が差し出した右手を、竜は掴んだ。

「さ。帰りましょう」

「うん」




【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ海軍基地司令室】


どこからともなく、拍手が始まった。

それはたちまちのうちに大きくなり、基地の司令室を満たしていく。

巨大なモニターについ先ほどまで映し出されていたのは、リオコルノ達やドローン、観測機等によって撮影されていた模擬戦の様子。モニカら四名の人類側神格と、ドラゴーネ四名の戦いの一部始終だった。それはこの室内だけではない。イタリア全土や全世界に対しても公開され、多くの人類が目にしているはずだった。

もはや人類製神格の実力は、神々の眷属とも対等な水準に並んだのだ、という事実を。彼我の損害は人類側神格が三名、ドラゴーネが四名。両者の経験の差を鑑みれば、快挙と言っていいだろう。

「やったな、ウィリアム」

「ああ。君のおかげだ、アルベルト」

戦いを見ていたゴールドマンとアルベルトは互いに握手を交わす。同じような光景が、室内のそこかしこで見られた。喜び合い、肩を叩き合う軍人や研究者たち。

そして、ペレ。画面を見上げる彼女は無言。されど、その表情はほころんでいるのが明らかに見て取れる。言葉を持たない彼女はチーム戦に不向きなために今回は留守番だったが、ドラゴーネのために尽力してきたことは誰もが知っていた。

「やっと人類は、神々と対等に戦うためのスタートラインに立った。僕たちのコンセプトは正しかった。後はこれを発展させていけば、いずれは眷属を圧倒できる知性強化動物が誕生するだろう。

その時こそ、君たちは真の意味で過去の存在になれる。もう、遺伝子戦争のようなことにはならない。たった23人しかいなかった君たちに無理をさせたりなんかしない。

ペレ。僕は約束しよう。二度と君たちが戦いに駆り出されることのない世界を作り上げると」

ゴールドマンの言葉に、炎の女神は頷いた。

皆が、この偉業を祝福し、讃えていた。




—――西暦二〇三四年。人類製神格の戦闘能力が眷属と同等以上の水準と実証された日。人類製第五世代型神格が実戦投入される三十三年前の出来事。

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