津波が運んだ謎の岩
「僕は自然が好きだ。生涯の伴侶を選ぶとするなら、この雄大な光景こそが相応しい」
【カリブ海 アメリカ領プエルトリコ モナ島】
「やっぱり戦災によるもんじゃないね、これ」
マステマは呟いた。それは無線機に拾われ、仲間の研究者の所まで届いているはずだ。
よっこいしょ、とその場にしゃがみ込むと、マステマは自らに備わったレーザーセンサーを起動。対象の表面を詳細になぞっていく。
「うん。この手の岩が内陸深くに転がってるのは、最近じゃ珍しいことじゃない。神々が無茶苦茶やったからね。そうそう。それ以外にも神格の攻撃で津波が起きて運ばれてきたり、分子運動制御型神格が遺伝子資源を運ぶときに落っことしたり。
でもこれはたぶん違う」
この場にいない仕事仲間と通話しながら調査は進む。自前のセンサーだけではなく、持ってきたデジタルカメラやその他の機材も周囲に浮かせてデータ採取を開始。これらは持ち帰って貴重な研究材料となるのだ。そもそもマステマの本職は海洋科学者だった。他の多くの人類側神格同様、副業があったが。
「この岩を運んできたのは自然の津波だろうね。それも相当にパワーのあるやつだ。付近の海底地図、あるよね。送ってくれるかな。……うわあやっぱり」
脳内の神格へと直接送りつけられたデータを見て、マステマはほっこり。幅4キロメートルを超えるぎざぎざの陥没を発見したのである。大昔の海底地滑りであろうか。
仮にこの地滑りが十メートルの津波を引き起こしたのだとすれば、重さが何トンもある岩を内陸に運ぶことも可能だろう。
推測を裏付けられたマステマは立ち上がった。更には高度をぐんと上げる。頬を撫でつけていく風が気持ちよい。
恐ろしく広い森が、足元には広がっていた。モナ島は危険な植物に溢れた無人島である。水ぶくれや一時的な失明を引き起こす有毒なものが自生しており、踏み入るならば細心の注意が必要なのだった。もちろんマステマにとってはそんなことはない。毒も病気も、神格によって改造され管理された肉体には通用しなかった。
この島には、今マステマが調べていた以外にも大きな岩が多数隠れている。最大のものは8メートル。内陸に800メートル入った所まで広範囲に散らばっているのだ。
「僕を連れてきてよかっただろ?化学防護服を着てくる必要もなかった」
マステマの言に通信相手は苦笑。研究予算は限られるため、有毒植物から身を守るために防護服を調達するよりは
島の岩が確認されたのは近年のことだ。航空機からは見えるのである。これが太古の津波によって運ばれてきたものならばおそらく遺伝子戦争以前にも確認されていたはずだが、記録が散逸しているため詳細は不明である。マステマたちが調査にきたのもそのためだった。
「さ。いったん戻るよ。ランチの時間だしね」
機材を片付けたマステマは、ベースキャンプへと飛翔していった。
—――西暦二〇三三年。遺伝子戦争終結から十五年、戦災による環境への影響の本格的調査が開始されてから十三年後の出来事。
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