魅惑の黒
「ねえ。巨神ってなんで色がみんな違うの?」
【イタリア共和国カンパニア州ナポリ ナポリ海軍基地 図書室】
「うん?そうねえ」
聞かれたモニカは考え込んだ。
昼休み、図書室でのことである。周囲では子竜たちも静かに本を読んでいた。窓から見える外ではちょうど、50メートルの青白い巨体が着地するところだった。リオコルノである。
モニカは、思案した答えをドロミテへ答えた。
「ものがどう見えるかは知ってる?」
「うん。光の反射でしょ」
「正解。私たちがものを見る時、どんな色に見えるかはその光の波長で決まる。あらゆる波長の光が反射される物は白いし、光が吸収されて反射光が目に入ってこないなら黒いわ」
「あれ?でも黒くても見えるよ」
「ええ。物体の表面で反射する光。凹凸の影。そういう、わずかな手掛かりから私たちは黒を見る事ができるの。
さて問題。じゃあ、リオコルノが青白いのはなんでかな?」
「光を反射しちゃうから?」
「その通り。じゃあ逆にペレは赤黒いわよね」
「光を吸い込んでる!」
「うん。正解よ。じゃあ何でペレの巨神は光を吸い込んじゃうんだろう?」
「あれ?……あ。分かった。第二種永久機関」
「あたり。
巨神はね。周囲のエネルギーを吸い込んで稼働するの。普段から少しずつエネルギーをプールしておく働きもしてるんだけどね。だからその機能が強力な巨神ほど色が黒っぽくなる。リオコルノは工作精度が低いから、白っぽいの。まあ他にも巨神の備えてる機能との兼ね合いがあるから、白に近い巨神の精度が低いとは限らないんだけどね」
同じ技術水準であるなら、シンプルな機能の巨神の方が黒に近くなる傾向があると言われている。機能をたくさん詰め込めば、その分第二種永久機関の効率は低下していくからだった。非常に多機能かつ高性能になりがちな気象制御型神格は光を派手に反射するものが多い(例外はある)一方、純粋に航空戦に特化した"九天玄女"やエネルギー効率が重要なペレのような神格は黒っぽいのもそれが理由である。全身の分子機械がミラーである"天照"や、全身の原子を用いてレーザーを投射する"ニケ"のような、機能と色が密接に絡み合ったものもあった。
「光を効率的に吸収するには、表面の構造に工夫が必要よ。こういう物質は巨神以外でも色々考えだされてる。例えば工業目的で作られている"黒体"なんかは、光学計測のために作られた。光の強さを正確に測るための基準として、ね。可視光だけじゃなく、あらゆる波長の電磁波を吸収できるの。おかげで限りなく黒い。
他にも光学機器の内部で起きる乱反射を防いだり、みたいに使われる」
「なるほどなあ。すごいね」
「ええ。
こういう物質は表面がスカスカになっている。カーボンナノチューブを垂直に並べた素材は表面積の5%しか覆ってないおかげで、光が外へ反射せずに奥の方まで飲み込まれて吸収されてしまう。同じような仕組みの微細構造を表面に持っている者は自然界にもある。鳥。ヘビやチョウ、魚なんかでも」
「工学的なのは分かるけど生き物は、何でそこまで黒くするんだろう」
「そうね。例えばオナガカンザシフウチョウの雄の羽根は真っ黒だけど、これはとても美しいわ。求愛のダンスをするために発達したんじゃないかと言われてる。モテたのね」
「そっかあ。モテるのは大事?」
「大事ね。子孫を残せるかの大事な要素だから」
話も一区切りがついた時のことだった。周囲の子供たちが本を片付け始めている。
「そろそろ時間ね。行きましょうか」
「はーい」
モニカに促されたドロミテは、よっこいしょと立ち上がると図書室を後にした。
—――西暦二〇三三年。人類が黒い巨神を作れるようになる十七年前、都築燈火が"蛇の女王"と交戦する十九年前の出来事。
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