飲み過ぎにはご注意を
「一億三千万年前、生物は酒飲みになることを運命づけられたの。それは実をつける種子植物が出現した時から始まったんだよ」
【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ 基地近くのスーパー】
「あ、それとって」
「はーい」
打てば響くを実践しているのはかごを下げたリスカムとドロミテである。リスカムが指示し、ドロミテが商品をかごに入れていく。
店舗内はリスカムが記憶している昔の光景よりもだいぶ配列が変わっている。商品の陳列された島はロボットの導線に合わせて配置され、それをバックヤードの人間がフォローする形なのだった。小規模店舗なら完全無人の場所もある。ひと昔前は自動レジを使えない高齢者が多くて困ったとかなんとか。最近は音声応対のAIも高性能化しているため無人でも大丈夫になったらしい。
「これで全部かな」
「ぜんぶー」
無人レジを通しキャッシュレスで決済。自分で袋に詰め込むと、ふたりは分散して荷物を持った。買ったのは食材や調味料、ワイン等である。
「ねえねえ。昔はどこのお店も店員さんがお会計してたってほんとう?」
「本当よ。昔はロボットが発達してなかったから。人間がやらなきゃいけなかったの」
「そうなんだ。そういうレジのお仕事がなくなっちゃったら、店員さんは今はどうしてるのかな」
「お。そうきたか。うーん。機械の監視、とかだね」
リスカムは昔受けた授業内容を思い出した。この十年で仕事は無数に消滅すると予言され、実際そうなった。逆に、科学の発達によって新たに生まれた仕事についても。機械の弱点を補うような仕事は人間にしかできないから、車両オペレータや技術職がなくなることはないだろうし、観光地や高級ホテルなどでは機械に頼らず人間が作業をこなす事が逆にステータスになりつつある。軍人も人間がいまだ多くを占める分野だ。遺伝子戦争以降、軍事関係者の数は増えていた。そして、知的労働。特に科学者の数を増やすのは急務だった。神々から手に入れたテクノロジーは多岐に渡る。その解析と実用化、普及。更にはそれらの知識に含まれない、地球とこちら側の宇宙に関する様々な事例を調べるのにも科学者が大勢従事していた。世界的に教育分野への投資は増加傾向にある。
「あとは、うちみたいな商品に付加価値を付けてる農家、かなあ」
「ワインだ」
「そうそう。マルヴァジア品種のブドウから作るの。おいしいんだよ」
もっとも、神格を組み込まれると酒を飲んでも酔えないという問題点があったが。血中に含まれるマイクロマシン群があっという間にアルコールを分解してしまう。リスカムも最後に酔いを体験したのは神格埋め込み手術の直前である。一応ブドウ農家で育った者としてこれはどうなのか、と思わないでもない。実は人類側神格の一人がその問題点に関しては解決方法を編み出していたが、実行するのは困難だった。血中マイクロマシン群のアルコール分解能力がオーバーフローするまで酒を飲めばいいという力業だったからである。冗談ではなく一抱えもある樽を飲み干す必要があった。
「お酒、好き?」
「好きだなあ。私だけじゃなくていろんな生き物が好きなんだよ。おさるさんとか、ショウジョウバエとか。レンジャクとか」
「なんでなんだろう」
「ドロミテは、果物好き?」
「だいすき!」
「うん。みんな果物が大好き。それでね、お酒に含まれるエタノールは、熟した果物が発酵した時にできるの。だからエタノールの匂いが好きだと、熟した果物を見つけやすくなったんだって。それが最初」
「なるほどなあ。かしこいね」
「そうだね。自然は偉大」
一億三千万年前、種子植物が出現したころに、アルコールを作る生物も出現したと言われている。サッカロミケス属と呼ばれる酵母は果実を好み、発酵する過程でエタノールを合成するようになった。エタノールは他の微生物に対して毒性として働くため生存に有利だったのである。その匂いは熟した果実の存在を示すシグナルとして機能したため、様々な生物種が酒の匂いにひかれるようになったのだった。
人類文明が酒と共に発展してきたのも当然であろう。発酵はビタミン等の栄養価を高め、保存性をよくし、アルコールの精神活性作用は巨大化する人類集団の関係を円滑にする役割を果たしたかもしれない。もちろん現代社会ではその負の側面も大きくクローズアップされるようになってきたが。
アルコールに関する技術は進歩を遂げ、生物作用では15%が限界だった度数が96%に達するスピリタスを生み出すに至る。
「帰ったら、ワインを使って何か料理、作ろっか」
「わーい」
ふたりはゆっくりと帰って行った。
—――西暦二〇三三年。現存する最古のアルコール飲料が作られた当時からおよそ九千年、蒸留法が出現してから千年ほど後の出来事。
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