子供は風の子
「子供は風の子、とは日本の言い回しだが、本当に風のようだ。走っても追いつけない」
【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ郊外】
驚異的な速度で、斜面の林を子竜たちが走り回っていた。
それに追われているのは褐色の肌をもった少女。ペレがドラゴーネたち相手に鬼ごっこをしているのだった。
神格によって強化された肉体に迫る速度を発揮するドラゴーネたち。根本的に構造が違う。ペレは身体能力にものを言わせて高速を発揮しているが、ドラゴーネは効率で上回っているのだった。
「元気だ……」
それを見上げるベンチに座っているのはゴールドマン。もう常人ではドラゴーネたちの運動に付き合えなくなりつつある。手の空いたリオコルノ達やふたりの人類側神格の助けがなければどうにもならなくなっていただろう。
「なに。もうばてたの?」
「まあね。先にリオコルノを作っておいてよかったと、今ほど実感するときはないよ」
汗を拭きながら、モニカはゴールドマンの横に腰かける。
ペレを追いかけるドラゴーネたちを見守る中にはリオコルノ達の姿もちらほらある。彼女らの子供時代は、人間並みの身体能力しかなかった。おかげで人間のスタッフで安全に育てられたともいえるが。
「しかし、よく息が切れないわね。あの子たち」
「まあね。ドラゴーネの呼吸器系は鳥類を参考にしている。エンタープライズ級でも試験的に試みられていたやつだな。哺乳類のそれより効率がいいんだ」
「そうなの?」
「ああ。例えば哺乳類の肺は、吸うときと吐く時で気流の向きが逆になる。けれど鳥類は違う。常に一方向だ」
「延々と途切れることなく、酸素補給ができるってわけ?」
「正解。
そのおかげであの子たちは高度1万2千メートルでも呼吸できる。鳥の呼吸器系はよくできててね。複数の管が接合する部分にできる空気の渦が、向きを一方向に整える弁の代わりをするんだ。他にもあの子たちの鳥類的特徴はまだまだある。血中のヘモグロビンも強化してある。ペンギン並みの性能があるおかげで、酸素と強固に結びつけるんだ。一呼吸で十五分近く水に潜れる。ヘモグロビン内にあるミトコンドリアが熱を作れるのと、そして筋肉を振動させて熱を作り出す機能があるおかげで、あの子たちは冬でも元気に過ごすことだってできる」
「鳥類さまさま、ね」
「もちろん、哺乳類の特徴もある。人間同様の汗腺を備えるおかげで、今みたいに体温が上がる状況でも体温が上がり過ぎる事を防げる。あの子たちの首から下、胴体の毛がごく薄くなってるのもその辺が理由だな」
「よく考えてるわねえ」
「まあね。
個々の機能を付与するより、それらのバランスを取る方が大変だったよ。生命は緻密な寄せ木細工のようなものだ。ちょっとしたことで破綻してしまう」
「もっと詰め込みたい機能はあった?」
「そりゃあったさ。けれど欲張るのもよくないからね。次の課題にした。十年後にはもっとすごい子供たちが生まれているだろう」
「育てられるかしら」
「そこが心配だ。まあ、案外第三世代の知性強化動物の子供は、人並みの能力になっているかもしれない。要は知能と神格の肉体としての機能が優れていればいいわけだからな。ドラゴーネは身体能力と神格としての肉体の能力がほぼイコールだったが、より技術が発展すればそこが切り分けられてもおかしくはない」
「元気すぎると大変だものね」
「まったくだ」
ふたりは笑い合い、そして子供たちの様子を見守り続けた。
—――西暦二〇三三年。ドラゴーネが生まれた翌年、第三世代型知性強化動物誕生の十三年前の出来事。
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