幸運を呼ぶ赤い下着
「ねえ。お父さんのお父さんやお母さんって、今どこにいるの?」
【エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家】
大晦日の準備の最中だった。
イタリアでは
一家、と言ってもゴールドマンとドロミテ、ふたりだけの家族だったが。
「そうだな。今どこにいるかは僕にも分からない。ひとつだけ確かなのは、生きていたとしても地球にはもういないだろう、ということだ。今の僕はそれなりには有名人だからな。僕が生きていることを知る機会は幾らでもある。もし地球上のどこかにいるなら、向こうから連絡してくるはずだ。その程度には親子仲はよかった」
「戦争?」
「ああ。遺伝子戦争の開戦時、僕はナポリで研究していた。神経科学のね。そして両親がいたのはイスタンブールだった。旅行中だったんだ。門が開くその場に居合わせたんだよ」
喋りながらもゴールドマンが取り出したのは、ドロミテ用の特注の下着だった。
「はい。これだ。大晦日になったらはくんだよ」
「わあ。ありがとう」
手渡されたのは赤いパンツである。イタリアでは赤い下着は幸運を呼ぶと伝えられており、大晦日には老若男女問わず着用するのである。それも他人から贈られた新品を。
「そうだ。モニカおばさんから、これをもらったの。お父さんにあげて、だって」
ドロミテが取り出した紙包みの中身も赤いパンツである。
「ありがとう。後でモニカにも礼を言わなきゃな」
「うん。
お父さんは、お父さんとお母さんがいないからモニカおばさんの所で過ごすの?」
「そうだな。ここの一家とはもう十年以上の付き合いだ。モニカが毎週、週末にリスカムを連れ帰って来ててね。最初はそのケアをするためだったが、もうほとんど家族みたいなもんだ」
「仲良し」
「はじめはそうでもなかった。モニカのおやじさんには思いっきりぶん殴られてね。殺されるかと思ったよ」
「どうして?」
「戦争中、モニカに酷いことをしたんだ。たくさんね。彼女は神々の眷属だと思われてた。脳に寄生した化け物に操られていたと思ってたんだ。だから人体実験をしたし、体に爆弾を埋め込みもした。
実際は違った。彼女は組み込まれた神格から、自分の意思と肉体とを奪い返していた。気付かずに残酷な事をしてしまった。だから殴られたのは当然だ」
「眷属が、憎かった?」
「憎かったとも。神々も。その手先の眷属も。彼らは僕から家族を奪った。親戚や友達も大勢いなくなった。世界中が無茶苦茶にされた。けれど僕は無力だった。モニカに対してやったのは八つ当たりだな。彼女を戦力として使おうと最初に言い出したのも僕だ。使い物になれば儲けもの。そうでなければ殺してしまえばいい。"ニケ"を、神々に対する復讐の道具として見ていた。当時の僕は本当に、心の底からそう思っていたんだよ」
「駄目だよ」
「ああ。僕は酷い奴だ。けど、モニカは許してくれた。彼女の家族も」
「今も、神々に復讐したい?知性強化動物はその道具?」
「今も神々は憎い。だが、知性強化動物は僕の道具なんかじゃない。人類の新しい友達であり、家族だよ。その事を気付かせてくれたのも、この家の人たちだ。それに、何人もの友人たち。世間は僕のことを天才科学者ともてはやすがそんなことはない。ただの、どこにでもいる人間だ。ここの人たちの方が、ずっと僕より賢明だよ」
「そっか」
「さ。荷物を片付けたら、手伝いをしに行こう。新年を迎える準備は大変だぞ」
「うん。たのしみ」
ふたりは荷物を脇にどけると、部屋を出た。
—――西暦二〇三二年年末。ウィリアム・ゴールドマンがモニカ・ベルッチと出会ってから十五年目の出来事。
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