油断は故障の友
「よりによって今日ぶっ壊れるかー!?」
【月 衛星軌道上】
機械は壊れるものである。
ストレスのかかる部分は劣化していく。日光。寒暖差。応力。その他もろもろの事情でどんどん劣化し、壊れていくのが機械というものだった。どんなに頑丈でも回避する術はない。
故に。
「こりゃ見事にイっちゃってるね」
「最低限のメンテで酷使してきたからなあ」
「いや……メンテ不足というよりこれ、原因違うっぽくないかな」
月往還船の損傷個所を前にして、知性強化動物二名は話し合っていた。
月の衛星軌道上を巡る往還船は細長い。各所に太陽光パネルや放熱板、センサーを伸ばしてはいるが、基本的には機械仕掛けの臓物と言った印象を抱かせる構造だった。先端部から貨物ブロック、有人区画、燃料と推進剤、そしてエンジンと言った配置になっている。核融合炉からの放射線防御と宇宙ゴミや微小天体の衝突への防護をトレードオフした結果である。貨物や燃料自体が人間を守るための防護壁でもあるのだった。ご機嫌斜めなのはエンジン部分。見事に穴が空いているのを、二体の巨神が前にしていたのである。
片方はリスカム操るリオコルノ。もう片方は翠の毛並みが美しい虎に近い頭部を持つ巨神"虎人"である。設計的には"九天玄女"のそれを模しているこの神格は、面白いことに眼鏡まで再現されていた。構造を維持している黄蓉が眼鏡を自己の一部と認識しているが故である。原理的にはサラ・チェンの"三面六臂の術"と同じだった。
「ほら。この破孔見て。爆発したみたいな跡がある」
「言われてみれば確かに。でもここ、爆発するようなもんあったっけ?」
「付着した氷じゃないかな。ほら、さっき船の向きを修正したじゃない。それで日光が当たって、蒸発したの」
「あー」
船の噴射剤は氷である。核融合炉の熱エネルギーで膨張、ノズルから高速で噴射するのがその推進原理だった。噴射速度が早ければ早いほど効率は良くなるから、核融合炉の豊富なエネルギーを使える船の燃料と推進剤の総質量は、化学反応式のロケットと比べると遥かに少なくて済む。しかも氷は取り扱いが容易で安全だった。
それでも油断すればこの有様なのが宇宙の怖い所ではあるのだろう。恐らく何らかのミスで、タンク内に収まるべき氷がこんなところに付着していたに違いない。
「こりゃ帰還は延期だねえ。点検やり直さなきゃ」
「まあ、月往還船でよかった。火星往還船で航行中にこれが起きたら……」
「やだねえそれ」
月往還船は火星往還船のテストベッドという側面がある。それゆえに就航してからの二年間、可能な限り本番に近い環境で運用されてきた。維持も基本的には乗員のみで行ったのである。長期航行中は、地球からの物理的な支援を受けられないからだ。
ふたりは、眼下の地表。高速で流れて行く月の表面へ目をやった。
「半年ぶりの帰還なのにー。ここでお預けはきっついよう」
「ぼやかないぼやかない。さ。始めましょう」
リスカムは、苦笑しながら相方を慰めた。交代を何度も挟んだとはいえ、足掛け二年にわたる月面基地建設工事がようやく終わったのだ。早く帰りたい気持ちはリスカムにもある。
ふたりは船内のスタッフとも相談しながら、修理に取り掛かった。
—――西暦二〇三一年。月面に恒久基地が完成した年、人類が初めて火星の土を踏む十三年前の出来事。
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