公正なる時間

「人間は世界を公正だと思っている。そうしないと、心が壊れてしまうから」


【都築家】


「はるなは違うの?」

「分からない。事実としては公正ではないと知っているけど、実感はないかな。自分が公正に扱われたいという欲求はある。他人にも公正さを求める気持ちも。それが私達を人間の社会に繋ぎ止めてる。

けれどそれは、時には不幸を呼ぶことも知ってる。人間が、誰の責任でもない不幸を本人のせいにすることがあるのも。

まるで免疫機構みたい。暴走して正常な部分まで破壊しちゃう」

「それもこれまで、なんとかやってこれたからだろうな。生き物なんて場当たり的だし」

夜の都築家でのこと。はるなと刀弥は薄暗い部屋で寝転がり、言葉を交わしていた。

花火大会の後。ひとまず落ち着いた父を連れ帰った二人は、翌日病院へと連れて行った。担当医が診断したところ、安定していた病状が再発の方向に向かっていると言う。近いうちに再入院となるだろう。「覚悟はしておいてください」との事だった。

「父さんが死んだら、どうしたらいいんだろう」

「……私がいる。みんながいる。それに、あなたはとても強い人。六年前だって生き延びれた」

「そうじゃない。

時々思うんだ。僕の周りの人はみんないなくなってしまう。母さんも。燈火も。おばあちゃんも。

今度は父さん。

はるなは、いなくならないよね?」

「大丈夫。私は死なない。老いない。病気にもならない。誰も私を殺せない。この星で今、一番強い生き物だもの」

「そうだね」

はるなの言葉は事実だ。現在の地球上で最も不死に近い生命体は、神格なのだから。

「この数ヶ月、色んな所に行った。日本海溝の底に潜ったし、衛星軌道上まで飛んだ。マッハ三で巡航できるし、何千トンもある廃船を壊さないように持ち上げる、なんて訓練もやった。大変だけど面白かった」

はるなの手に、光が渦巻き始めた。いや。それは希薄な物質が光を乱反射する様子である。透き通ったオレンジ色の流体が、実体化しようとしていたのだった。

「これが私に与えられたもう一つの体。最初は立ち上がることすら出来なかった。ひっくり返って起こした砂埃に、仲間はみんな真っ黒になった。けれど今は違う。私はどこへでも行けるし、たくさんのことができる。私達だけじゃない。人類はどこまでも広がっていく。ときの果までも。そのための切符はすでに、手にしているんだから。文明という切符を」

やがて輝きは消えていく。はるなが流体を消去したのだ。

「だから後は、どれくらいの時間を持っているかがその人の運命を決める。

小柴先生のところの人が前に言ってた。

時間は全てを解決する。すなわち、時間とは何物にも代えがたい資源であるということだ。

って」

「時間、か……」

「刀弥にもたくさん、まだ残っている。けれど私のそれよりは少ない。みんなそう。誰かの時間は誰かの時間より確実に多くて、そして少ない。それだけのことなの。

だから、気にし過ぎないで」

「うん」

このあともふたりは他愛のない会話を続け、そして眠りに就いた。




―――西暦二〇二二年、都築家にて。都築博士が亡くなる前年、はるなが人類勢力として初めて神々の世界へ足を踏み入れる三十年前の出来事。

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