検査入院と慣熟訓練

「おお。よく動いてますなあ」


【硫黄島 航空基地屋上】


地形が、崩落していく。

二人の男の視線の先で広がっていたのは、そんな印象を受ける光景だった。

砂埃を立てながら倒れていく一万八千トンの質量。それに対する感想を述べたのは小柴博士である。隣でヘルメットを被った都築博士も頷いた。

「ぱっと見てわかる破綻はないようです。よくぞここまで……」

「苦労しましたわ。各部が干渉したら不細工になりますからなあ」

島の端、大地に横たわっているオレンジ色の巨体は"九尾"。巨神慣熟訓練の初日であるが、まだ満足に立ち上がることも出来ないようだった。すぐそばに立っている硝子の女神像———"天照"が手を貸し、ゆっくりと行く。

あまりにも巨大なスケールで行われるそれらは、遠近感をおかしくするほどだった。ビルディングの巨大さと護衛艦ほどもある質量が、それを引き起こしているのだ。

「単純な機械式の巨大ロボットならまだ、楽やったんですけどねえ」

「流体の塊が動いているだけですからね。本当に驚異的だ」

分子間でアクチュエータとして働く部分。固体として振る舞う部分。液体のようにふるまう部分。その他あらゆる部分も含めた全体の制御が平行して行われた結果、"九尾"の巨神はごく自然に駆動していた。動作原理上ありうる、各部の干渉———3Dモデルを動かした時のものに類似する———も起きていないし、"天照"に握られた手も形状が歪んではいない。動作に合わせて服が揺れるさまはまさしく芸術品だ。

透き通ったオレンジの巨像でさえなければ、生物と錯覚していてもおかしくないだろう。

助け起こされた九尾は、今度こそしっかりと自立した。全高五十二メートル。形状は人型に近い。頭部は犬にも似た獣。和装を思わせる装束に身を包み、その上から軽装の防具を付けている。そして、何よりも目を引くのはその巨大な尾。本体に匹敵するほどの巨大さを備えた構造体は、それ自体が様々な形状に変化して武装となるのだった。九尾の由来である。

「動かしているのは"きりしま"か……いや、"あたご"だな」

「ほう。見て分かりますか」

「勘ですがね……なんというか微妙な動きがそう見てとれるんですよ」

「いや、恐らく当たっとるでしょう。生みの親の貴方が言うんや。間違いないかと」

都築博士は微笑んだ。九尾———いや、知性強化動物のアイデアを最初に発案したのは確かに彼だが、多くの人々の協力がなければここまでこぎつけられなかっただろう。現代の科学は一人の天才によって牽引されるものではない。

神格建造にあたって最大の問題とされたのが、いかにして知的生命体の肉体を用意するかだった。人間を使うわけにはいかなかったし、クローンは自我の成熟が間に合わない。ごく短期間で成長する知的生命体はどうしても必要だったのだ。都築博士がいなくても、誰かが知性強化動物というアイデアを考え出していたのは間違いない。

「何にせよ、これで肩の荷は下ろせました」

「おや。まだまだこれからでっせ。あの娘らが取ってくれるデータを、次に生かさにゃなりません」

「もちろんです。けど、その前に一度休みを取ります。検査入院ですよ。息子やはるながうるさいもので」

「あー。そりゃ行っといたほうがええですなあ。せっかく戦争を生き延びたんです。長生きしましょう。お互いに」

「全くです。試したいアイデアはたくさんある。定年までには、知性強化動物を次の段階に進めておかねば」

数日後、都築博士は本土へと戻り、検査入院の手続きを始めた。

一方で九尾の訓練は進み、新年度を迎える頃には一応の部隊行動がとれる水準に達した。




—――西暦二〇二二年三月、硫黄島にて。初の人類製神格部隊が結成された年、都築博士が亡くなる一年前の出来事。

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