九尾

「案外大したことなかった」


【防衛医科大学校】


よっこいしょ、とベッドから上半身を起こした“ちょうかい”は、見舞いに訪れたはるなへそう告げた。

神格の組み込み手術は日に二件ずつ行われる。一番手がちょうかいだった。はるなは後半組だ。

「もう起きれるの?」

「うん。麻酔なしで耳の奥からガチャガチャやられた時はどうなることかと思ったけど」

「ゲッ……」

はるなが淑女らしからぬ声を上げてしまったのも無理のないことであろう。それは怖い。

「なんていうか、悪の秘密結社に改造される感じ?」

「よく分かんない例えね……」

「雑というか簡単な手術だから。脳に手を入れるのにこんなんでいいの?って言う。

お医者様は物凄い数の脳の手術してるスーパードクターらしいけどね」

「そんな模擬戦で2千回負けなしみたいなこと言われても、ねえ。私たちの脳は、人間に似せてると言っても人間そのものじゃないのに」

「あのパイロットは最後まで生き残ってたけどね。

劇場版、見たかったなあ」

「残ってないからね……そのうち個人の持ってるディスクが発見されるかもしれないけど」

昔見たロボットアニメを引き合いに出す二人。

遺伝子戦争では多くの企業が倒産した。アニメーション制作会社もそこに含まれる。経済的に破綻したところもあるし、物理的に人員や社屋が消滅したところさえある。アニメや映画などもその多くが失われたのだった。

「まあ安心した。変わった様子なくて」

「私のこと、手術前と同じに見える?」

「うん。おかしくなったりはしてないから安心して」

「よかった。あーでも。これからは志織さんにしごかれる日々が始まるのか」

「うっ……キツそうだなあ。あの人優しそうに見えてガチガチの武闘派だし」

九尾完成の暁には、志織はその教官となる事が決定している。彼女の法的な身分は防衛大学校生だが、この春には卒業してすぐ、人類製神格部隊を率いることになるのだった。もっとも、それに異議を唱える者はいないだろうが。彼女以上に神格の運用について実戦経験豊富な人物は他にいない。

志織の眷属撃破数は百十四体。人類側神格トップである。彼女の“天照”が大規模破壊用で対神格戦には不向きなことも勘案すると、驚異的としか言いようがない。太陽の女王の異名は伊達ではなかった。

「ま、健康ならそれでよしとしなきゃね。

これで、ようやくこいつともおさらばかあ」

ちょうかいは、台に置かれた眼鏡を手にとった。大人になる頃には不要になると言われていたのだが結局、手術当日まで世話になってしまった。

しかし今ははっきりと見える。脳に組み込まれた神格は、各種微小機械を駆使してちょうかいの肉体を管理しているからだった。全身に力がみなぎり、自分が無敵になった気さえしてくる。これでも安全性重視で性能は控えめにおさえてあるそうだが。

流石に、志織のように素手で装甲車を解体するような真似はできまい。反射神経は巨神戦で重要なので同等の水準まで強化されるのだが。本当に想定通りの性能が出るかは、試してみるまでわからなかった。

「なんにせよ、これで人類製神格の一号はこの私ってことで」

「もう。私達、でしょ」

「うん。

手術、頑張ってね。はるな」

「ありがとう。ちょうかい」

この後数日かけ、九尾級の手術は終了した。ほぼスケジュール通りに進行し、些細な不調や不具合はあったものの脱落者は存在しなかった。

戦争終結からわずか四年足らずで、初の人類製神格十二体が完成した。




―――西暦二〇二二年二月。人類製神格が完成した日、九尾の二件目の手術が行われている最中の出来事。

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