ヒトを守る化け物たち

「刀祢。まだ起きてる?」


【都築家】


「起きてるよ」

夜の都築家。

刀祢の部屋を訪れたのは、ネグリジェ姿で枕を抱えたはるなだった。

ふたりが別々の寝室で寝るようになって随分たつ。はるなの肉体年齢は既に成人に差し掛かり、もはや刀祢より上だった。

「横、いい?」

「いいよ。久しぶりだ」

ごそごそ、と刀弥の布団に潜り込んでくるはるな。

「父さん、過労だってさ。働きすぎだよね」

「うん」

「ま、大したことなくてよかった。明日の午後には帰ってくるよ」

都築博士が倒れたのは昼頃の事だった。救急車を呼んだら運び込まれた先が目の前の防衛医科大だったのは良かったのか悪かったのか。

診断の結果は過労だった。

今は、都築博士は点滴を打たれて横になっているはずだ。

「父さん、本格的に検査入院受けさせなきゃ。もうすぐ仕事も一段落するし」

「……そうね」

「不安?神格を組み込まれるの」

「うん。怖い。手術に失敗して死んじゃうかもしれない。神格に欠陥があるかもしれない。いつか神々が来て、戦わなきゃいけないかもしれない。どれも怖い」

「そっか」

「でもどれも克服できる。

一番怖いのは、私がわたしじゃなくなっちゃうかもしれないこと」

「え?でも、九尾の神格には―――」

「そう。思考制御機能はない。そんなものなんてなくたって、私は。いいえ、私たち姉妹の誰一人として、人間のために戦うことを厭う者はいない。

けど、神格は脳に組み込まれる。外科的な方法で」

神格は移動経路を作ってやれば、自ら歩き、脳内の所定の場所へとたどり着く。そこへ寄生―――いや、九尾の場合共生と呼ぶべきだろう―――するのだ。

「知ってる?人格を変えてしまうには、脳を圧迫してやるだけでいいんだって」

「うん。父さんが言ってた。頭蓋を鉄骨が貫通しても歩いて病院まで来た例。温厚な人がある日突然銃を乱射して沢山の人を殺した例。他にも色々。

どれも人格が変わってしまっていた。脳に起きた異常。鉄骨の貫通や、腫瘍に脳が圧迫された、なんてことのせいで」

「そう。すべてうまく行ってすら、私の人格が無事であるかどうかは分からない。

そもそも神々でさえ、脳の取り扱いを誤った。

二十三人の人類側神格。彼らがその証拠」

「……」

「神々は人の心を支配できると思い上がったけど、そうじゃなかった。思考制御が破壊されるメカニズムの論文は私も読んだの。脳の領域。意識が2つかそれ以上に分断されて、著しく負荷がかかったとき。PTSDにも似た作用で脳細胞が損傷し、神格の治癒力で回復するときに本来の人格が勝つ。

そんなまだるっこしいことをしなくても、無意識に頼らず肉体の制御をバイパスしていけば、自由を取り戻せるんじゃないかとは思うけど。脳の負傷で無意識の領域のフィードバックが失われても、歩けるようになった事例はいくつもあるし」

「……はるなはもう大人なんだな」

「どうなんだろう。分からない。神格を組み込まれたとき、私達は大人になるのかもしれない。

けど、やだな」

「何が?」

「まだお酒飲んだことない。なのに飲んでも酔えない体になっちゃう」

「あー……甘酒だもんなあ。飲んだの」

「うん。それに、子供も生めなくなる。元々相手がいないから無理だけどね」

神格による強化された身体は、アルコールを即座に分解する。タバコのニコチンも。その他あらゆる、人類の生み出した悪徳を拒絶するのだった。

そして、生殖能力の喪失。過剰な身体強化を、神格のフィードバックで安定化させるためだった。九尾には雄はいないから、元々生殖は実質的に不可能だったとはいえ。

「ずっとそのことばっかり考えてたの。こんな私のこと、いや?」

「嫌じゃないよ。どんなになってもはるなのことは好きだよ」

「じゃあ、勇気を出して言うよ。聞いてね」

「うん」

「はるなのはじめて、もらってください」

「―――喜んで」

翌日。退院した都築博士が見たはるなは、吹っ切れた顔をしていたという。




―――西暦二〇二二年一月末。人類史上初めて知性強化動物とヒトの若者が結ばれた夜。人類製神格誕生の少し前の出来事。

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