大いなる神
「こいつは壮観だな」
【硫黄島航空基地】
それは、神話の光景だった。
ヘルメットをかぶった都築博士の視線の先。海上に浮遊しているのはとてつもなく巨大な構造体。多重の衣を纏い、後頭部に光輪を象った冠を備え、仮面で素顔を隠した
人類側神格"天照"。焔光院志織という少女の脳に組み込まれた兵器システムが制御する、流体によって形成される巨神の顕現であった。
「昔の人が見れば、ただひれ伏すしかできなかったでしょう」
「ですなあ。50メートル、1万トンもある物体が支えもなしに宙に浮かんでいるんやから。いまだに畏怖を感じます。動作原理がわかってて、同じもんを作ってるっちゅうのに」
自衛隊、基地施設の中。
窓の向こうを見る都築博士の隣で関西弁の相槌を打ったのは、同じくヘルメットをかぶった小男だった。
「悔しいですけど、神々の芸術的なセンスは認めざるを得ませんわ。うちも著名なデザイナーやイラストレーター、3Dモデラーなんかを集めてデザインには悪戦苦闘してますがなかなかに難しい。性能ではまだまだ勝てん以上、せめて見た目では並ばんと」
「同感です」
知性強化動物と神格。これらを含めた総称である兵器システム"九尾"の性能はお世辞にも優れているとは言えなかった。これは人類にとっては習作であり、神々の技術に並ぶためのステップの1つに過ぎないからだった。
それでも完成すれば、人類が建造した兵器としては最高傑作になるのは間違いない。
今回の実験も、人類製神格完成のためのものなのだ。
「準備できました!」
「おう。始めてくれ」
報告したスタッフに小柴博士が頷くと、二人の博士は設置されたモニターへと視線を移した。
この島の別の場所に設置されたカメラの先。岩場に置かれたコンテナの周囲に、霧が立ち込める。
かと思えばそれはたちどころに密度を増し、凝集し、実体化していく。
ほんの一瞬で出現していたのは、一言でいえば大砲だった。数十メートルという巨大さを備える大砲を3基備えた砲塔である。それは、コンテナを内部に取り込んだまま空中へ浮かび上がっていく。第二種永久機関としての流体の作用が、熱運動を物体の運動へと直接変換した結果だった。
これこそ人類製巨神の武装である。九尾が装備する大型兵器のひとつをコンピュータ制御したものが、これだった。
この砲塔ひとつを構築するために、神々の技術を用いて建造されたスーパーコンピュータが幾つも投入されている。
「志織さん。いいですか?」
「はい。いつでもやってください」
小柴博士の言に頷いたのは志織。彼女はこの場から硝子の巨神を遠隔操作しているのだ。
「それでは、実験を開始する。発射してくれ」
指示を受けたスタッフがタブレットで操作を行うと同時に、砲塔が活性化する。
画面の向こう、砲塔の巨大な質量が備える膨大な熱量。それが、内部に形成された4トンの砲弾へと流し込まれ、分子の熱運動が一方向へと束ねられる。更には砲身が形成する強大な電磁場によって砲弾を後押しするように加速。最終的な射出速度は、秒速10キロメートルにも達した。
直後。
硝子の巨神の表面が爆発した。美しかったその構造が醜くえぐれ、クレーター状の損傷が生じていたのである。巨大な質量が着弾の瞬間に励起、指向性爆発によって熱核兵器以上のエネルギーが集中した結果だった。
数秒遅れて、窓が大きく震える。更にしばらくしてからもう一回。砲撃と着弾のショックがここまで到達したのである。
「効いてくれたか……」
試射の効果に小柴博士は安堵のため息。それはそうだろう。人類製の巨神の武装が、少なくとも神々の作った巨神にダメージを与える水準には達していたことがこれで証明されたから。
巨神を真正面から破壊することは極めて困難である。神格の脳によって制御されたこの兵器は、想定される攻撃に対してその都度最適な物性を取るのだった。だから、人類の兵器でこれを破壊するならば神格の虚を突くよりほかはない。想定外の攻撃に対しては比較的脆いのだ。キルゾーンに誘引し、あるいは足を止め、多方面から飽和攻撃を仕掛けるのが遺伝子戦争での人類側の対神格戦術の要であった。
あるいは、こちらも神格をぶつけるか。
「巨神を復元します」
「ええ。やってください」
志織に小柴博士が答えるや否や、損傷を負った硝子の女神像の表面がまるでゼリーのように波打った。かと思えばたちまちのうちに傷口はふさがり、元通りになる。
巨神は均一である。本来不定形なこの物体は複雑な分子機械の集合体であり、周囲の物質を取り込んで自己増殖までするため、再起不能なほど壊れることはまずない。致命傷を負わせるには、制御する神格の殺傷が必要とされる。巨神の攻撃力はあまりに高く、そして神格と巨神の距離が離れすぎれば操作に支障が出るため、通常巨神戦において神格は巨神内部に搭乗———量子論的に偏在する。故に戦闘中の神格を殺傷するとは巨神を物理破壊することとほぼ同義である。
「斉射に移ります」
スタッフに許可を出し、第二射の準備が進む中、小柴博士は小声で都築博士に語り掛けた。
「しかしこれ———この性能の兵器でゲリラ戦をやられてたら、詰んでましたな」
「確かに」
巨神のもっとも驚異的な能力とは「神格が呼べばその場に出てくる」ことである。マクロな量子論的不確定性を備えたこの機械は、不要な場合はぼやけてその場から消失するが、必要ならば神格を中心としていつでも再度出現するのだった。
神々がこの機能を戦術に取り入れなかったのは、人類への威嚇効果を優先したのもあるが、元来作業機械の延長線上として見ていたからだろうといわれている。拠点防御用の決戦兵器であり遺伝子資源の採集用として、主に用いていたのだ。終始優勢だったのが神々側だったというのもある。その意味では先の戦争での人類側の神格の用い方の方がゲリラ的ではあった。
人類製神格が量産されるようになれば、その戦術は徹底的に変化することになるだろう。
ふたりの見ている前で、第二射が斉射される。
その後も実験はおおむね順調に行われ、満足のいく結果が得られた。
—――硫黄島航空基地での実験。西暦二〇二〇年。樹海の惑星にて都築燈火が門復活に向け活動を開始する一年前。"九尾"級が対神格戦に初めて実戦投入される三十二年前の出来事。
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