愛情は発達の栄養

『次のニュースです。誕生から一か月が過ぎた、知性強化動物の赤ちゃんの様子が公開されました』




「あ、父さん映ってる」

「何?ああ、ほんとだ」

朝の都築家。

はちみつを塗った食パン。ゆで卵。ミルクと砂糖がたっぷりと入ったコーヒー。プチトマト。ヨーグルト。

それらをちゃぶ台に並べた時のこと。

テレビモニターに映っているのは、全身に産毛の生えた可愛らしい生き物たちだった。場所は清潔な病院施設内部。看護師に抱かれて哺乳瓶をくわえたり、仲間同士で動き回っている者もいる。なんとなく犬に似ている———実際に犬がベース———が、骨格の作りは明らかに違うのが分かった。人間の赤ん坊と犬の合いの子と言った塩梅あんばいである。

実際は昨夜にも同じ映像が流れていたのだが、二人がこのニュースを見るのは今朝が初めてだった。

「こうしてみるとただの赤ちゃんだ」

「今はまだ、そうだな。この子たちが立って歩けるようになるまで、早くてもあと一カ月はかかる」

「この子たちってどうやって生まれたの?」

「代理母だ。遺伝子操作で作った受精卵を、犬の胎内に着床させる。出産そのものは普通の犬と同じだよ。かなり未熟な状態で生まれるけれどね」

「なるほどなあ。じゃあお母さん、びっくりしたかも。犬じゃない子供が生まれたら」

「かもしれん。

だが、生まれたらすぐ母親からは引き離して保育器で育てるからな」

「そっか。お母さんと引き離されるのか」

刀祢の物憂げな言葉。息子が何を考えているのか、都築博士には分かった。先の戦争で、妻と次男を失った都築博士には。

別の話題へと移ったニュースキャスターの言葉が空しく響く。

「代理母のためでもあるし、子供たちのためでもある。別の生物だからな。一緒にしていてもうまくいかないんだ」

コーヒーを口にすると、都築博士は続けた。

「子供の成育には愛情あふれる安全な環境が不可欠だ。心のケアと認知刺激によって脳が発達するわけだな。

泣けば構ってもらえる。抱いて貰える。遊んでもらえる。それらが脳のシナプスを増やす学習になる」

「じゃあ、もしそうじゃなかったら?」

「育児放棄。いわゆるネグレクトだな。

泣いても構ってもらえない子供はすぐに泣かなくなる。無気力になることを学習するわけだ。心のケアも、遊んでもらうこともない。刺激がないから、脳が発達しなくなる。神経活動が著しく弱まるんだ。脳波を測定すればはっきりとわかるほどにね。痛ましいことだが、現実に人間の子供でたくさん起きて来た事例だ。

もちろん、あの子どもたちはそんなふうにはならないよ。大切に育てている」

「よかった」

都築博士は一息つくと、パンを口へ運んだ。はちみつの甘さがカリカリに焼けた食パンと相まって素晴らしい。

「でもまあ、あの子たちがどう育つかはまだはっきりとは分からない。初めての試みだからね。

今はまだいい。刺激をどん欲に取り込んで育っている間は。

けれど大きくなった時、心のバランスが取れた状態で成熟できなければ、あの子たちは苦しむことになるだろう。若い脳は不安定だ。自意識に慣れていないんだな。それに、決断や配慮と言った部分に関わる眼窩前頭皮質が予定通り発達するかどうか。うまくいかなければ、理性的な判断が難しくなる。短絡的に愚かな行動ばかりとってしまうだろう。

脳に手を加えるということは、そう言うリスクをしょい込むということなんだ」

「うまく育つといいね」

「ああ。

—――刀祢。今度墓参りに行こう。母さんと、燈火の」

「うん」

「じゃあ、先に出かけるよ。学校、気を付けて行くんだぞ」

「うん。行ってらっしゃい」




—――西暦二〇二〇年。遺伝子戦争終結から二年、都築燈火が行方不明となって四年目の出来事。

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