どう接するか。それが問題だ。

「はるな。0さいです」


【埼玉県 防衛医科大学校前の官舎 都築家】


生き物は、言い終えると都築博士の陰に隠れた。

芝犬に似ている。しかし遥かに利発そうで、二本の脚で歩き、手には親指とそうでない四本の指とがあった。尻尾はふさふさだ。

知性強化動物の雌―――いや、女の子だった。

刀祢はこの、洋服を着た異種族の女の子にどう接するか少しだけ悩んだ。悩むと———ひとまず腰を落とし、目線を相手の高さに近づけ、言葉を発した。

「こんにちは。

僕は刀祢。都築刀祢とつきとうや。15歳です。よろしくね」

にっこり。

それで安心したか、"はるな"は少しだけ顔を出した。じーっと刀祢を見つめてくる。

やがて。

「……よろしく、です」

都築博士は、そんなやり取りに微笑んだ。

「さあ。はるな。靴を脱いで。部屋に上がろうか」

小さな知性強化動物は、言葉に従った。玄関の段差に腰かけ、靴のマジックテープを苦労してはがし、脱いだそれをきちんとそろえてから、よっこいしょ、とばかりに立ち上がったのである。人間の幼児とそっくりな動きだ。動作で目立つ違いがあるとすれば、スカートの下から伸びる尻尾がゆらゆらしていることだろう。どうやらバランスをとっているのか。

家に上がり込んだはるなは、とてとてと前進。かと思うと引き戸を開いて首を突っ込み、しげしげと中を見上げている。

「まああんな感じだ。危険がないかだけ見てあげたらいい」

「分かった」

父の言葉に、刀祢は頷いた。

知性強化動物には可能な限り様々な体験をさせる、というのは当初からの方針である。人間の家庭で過ごすのもその一環だった。はるなら"九尾"の姉妹は12名いるから、それぞれ担当するスタッフの家庭へと分散している。

「あの子はもう相手が信頼できるかどうかが分かる。言動には気を付けてくれ」

「分かるの?」

「ああ。例えば1歳未満の赤ん坊にも社会性はある。エール大学で行われた実験では、複数の赤ん坊に劇を見せた。一羽のアヒルがオモチャの入った箱を開けようとするという筋書きだ。それを二匹のクマが見ている。アヒルは箱をうまく開けられないが、一匹のクマが助けて箱は開く。すぐ閉まってしまうがね。

アヒルは再度挑戦するが、今度はもう一匹のクマが邪魔をする。

幕が下りてからクマの人形を赤ん坊の所に持っていくと、ほぼすべての赤ん坊はアヒルを助けたクマと遊びたがった。邪魔をした方じゃなくね。

赤ん坊は一人では何もできないが、既に相手を判断することができる。誰が信頼できて、誰が信頼できないかを判断する能力を脳は生まれ持っているんだ。

それと同様の力をあの子は備えている」

「凄いなあ」

「私たちがあの子を作るとき、参考にできる知的生命体は人間と神々しかいなかった。あの子に続く生命体は、あの子を参考にできるだろうけどね。

だからあの子たちは人間同様に考え、人間同様にしゃべり、人間同様に物語を作る」

「物語?」

「そうだ。人間の脳の機能の非常に多くが、人間について考えるようになっている。人を注意深く観察し、コミュニケーションを取り、意図を理解し、痛みを感じ取り、感情を読み取る。これらは神経回路に組み込まれているんだ。

それは、人間の脳が単体ではなく他の脳と相互に関係しあっているからだ。家族。友人。同僚。私たちの世界は幾つもの社会同士の複雑な相互作用から成り立っている。

だから人間は物語を読み取る。勝手に作ってしまうといった方が正しいな。人間相手だけじゃない。ぬいぐるみやカートゥーンアニメのキャラクターにも共感するし、物陰の闇にだって誰かの気配を感じることもある。それくらい人間について考えるのが重要なんだ。

目に映る物全てを社会的な意味のある、物語として解釈してしまうわけだな」

「昔のギリシャ人が星座を神話にしたり、昔話で鳥や亀が喋ったり?」

「正解。

人間が生き延びるには、誰が味方で誰が敵かをすぐ判断できる事が必要だ。相手の意図を素早く汲み取っているわけだな。

あの子は空想好きだ。それも社会性のトレーニングになる。付き合ってあげて欲しい」

「分かった」

その時だった。

どんがらがっしゃーん

突然割って入った音に、父子は顔を見合わせた。どうやらはるなが何かやらかしたらしい。危険物は事前に片づけてあるから怪我はしていないだろうが。

ふたりは慌てて、はるなの方へと向かった。



—――都築家でのやりとり。西暦二〇二〇年。神々による地球侵攻から四年、知性強化動物の誕生から二か月あまり後の出来事。

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